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「まさかこの薬が命にかかわるような重大な副作用を起こすとは」と,内心冷やりとさせられた経験をお持ちの方もおありと思いますが,胃薬での偽性アルドステロン症はその代表かも知れません.本態性高血圧症の83歳の女性が,呼吸困難と全身浮腫で紹介来院されました.胸部X線所見などから胸水を伴う,うっ血心不全と考えられました.当然のことながら動脈血ガス分析では低酸素血症を認めたのですが,なぜか高炭酸ガス血症を伴う代謝性アルカローシスが認められ,心エコーでも左室機能の低下はごく軽度でした.さらに血清カリウム値が1.9mEq/lと著しい低カリウム血症を認めたことから,それまで服用されていた薬剤を調べましたところ,甘草を含有する胃炎治療薬が含まれていたことがわかりました.このため,本症例は甘草による偽性アルドステロン症であり,それによる体液貯留によって心不全をきたしたものと診断いたしました.さっそく原因薬剤の中止とカリウムの補給を行い,慎重に利尿薬やACE阻害薬の投与を行いましたところ,すっかり症状もとれて軽快退院されました.
実はこの症例のほかにも,甘草を含有する別の胃薬によって偽性アルドステロン症をきたした症例を経験いたしましたが,いずれも小柄な高齢の女性であり,血清カリウム値が2mEq/lを切る著しい低カリウム血症を呈していました.同程度の低カリウム血症をきたしていながら,症状は重症の心不全,失神をきたす重篤な心室性不整脈,そして筋肉痛と四肢の筋力低下を主症状とする横紋筋融解と多様で,いずれも治療によっては生命に関わる重篤な状態でした.「胃薬ごときで?しかも常用量で……」ということなのですが,こうした例を思い出すたびに,たとえ常用量の胃薬でも,思わぬ副作用が生じて足元をすくわれないよう,日常の診療にあたって注意しなくてはならないと自分に言いきかせています.
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