連載 Festina lente
文化的雪かき
佐藤 裕史
1
1慶應義塾大学医学部 クリニカルリサーチセンター
pp.2201
発行日 2012年12月10日
Published Date 2012/12/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402106588
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手間がかかりしんどいうえに大して得にならないが,片付けないと皆が困るので已む無く渋々自ら手を下さざるを得ない仕事がある.洗面台を拭いて後の人が使いやすいようにするといったことや,ごみ集め,雪かきの類である.誰かが書かねばならない原稿を急に持ち込まれても嫌な顔をせず締切り前に仕上げることもそうで,村上春樹はそうした文化的半端仕事を「文化的雪かき」と呼んだ――「穴を埋める為の文章を提供しているだけです.何でもいいんです.字が書いてあればいいんです.でも誰かが書かなくてはならない.で,僕が書いてるんです.雪かきと同じです.文化的雪かき」(『ダンス・ダンス・ダンス』講談社刊).
現在,私の主務は臨床研究の運営・支援のとりまとめで,他の医師の研究の諸々の手伝いの指揮であり,自分自身の興味に基づく研究に没頭することではない.私同様の仕事に従う医師はあちこちに散在するが,多くは自分の研究主題を追求しつつ,同時に研究支援組織も兼務するかたちのようである.私とて精神科医としての職掌を捨て去ったのではなく細々と診療は続けているけれども,「自分の研究はしないんですか? つまらなくないですか?」と訝しがる方が間々ある.「自分の研究というほどのものはないんです,他の先生方の研究が円滑に進むように通路の雪かきをしているんです.文化的雪かき」と答えたいところだが,そんな格好いいことは言えない――私のへどもどした様子に,研究一般に対する私の懐疑的距離感や,研究者としての自分の資質に対する諦念を嗅ぎとられるのか(その勘は正しい),深追いされずに済んでいる.
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