連載 臨床心理学・最新研究レポート シーズン3
向社会性の発達と逆境体験の影響――傷つきながらも他者を思いやる子どもたち
小國 龍治
1
1就実大学心理学部
pp.629-633
発行日 2025年9月10日
Published Date 2025/9/10
DOI https://doi.org/10.69291/cp25050629
- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
I はじめに
向社会性は,良好な対人関係の構築や持続可能な社会の形成に不可欠な能力である。近年では,その発達メカニズムや影響要因に関する研究が進み,臨床心理学においても注目を集めている。特に,発達初期から青年期にかけての向社会性の発達は,その後の心理的適応や社会的機能と深く関わっている。一方で,差別,貧困,虐待,戦争といった逆境体験は,子どもが自らの安全やニーズを優先せざるを得ない状況を生み,自己志向的な行動を強めることで,向社会性の発達に否定的な影響を及ぼすことがある。向社会性は一般に「善いもの」として語られがちだが,その発達過程は決して単純ではなく,脆弱性と適応性の両側面を併せ持っている。
本稿では,向社会性の発達を逆境体験との関連から論じたレビュー論文(Malti & Speidel, 2024)を紹介する注1)。同論文は,発達心理学と臨床心理学を架橋する視点を提示しており,単に逆境体験の否定的影響を論じるのではなく,なぜ困難な状況下でも他者に思いやりを持ち続ける子どもがいるのかという問いに,発達科学の視点から答えようとしている。この問いは,臨床実践に希望をもたらす視座を提供するものである。

Copyright© 2025 Kongo Shuppan All rights reserved.