連載 海外レポート ニューヨーク州保健省の日常・8
タスキギー梅毒研究から得た教訓
ホスラー 晃子
1,2
Akiko S. Hosler
1,2
1ニューヨーク州保健省慢性病疫学課
2ニューヨーク州立大学公衆衛生大学院
pp.590-592
発行日 2000年8月15日
Published Date 2000/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401902350
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世界のトップクラスの研究者を輩出しているアメリカの科学研究界で,歴史的汚点とされる出来事は何かと問われれば,タスキギー梅毒研究を挙げる人が多いであろう.この研究は,現在のCDC(疾病管理予防センター)の前身であるPublic Health Service(以下,PHS)の医師たちが,1932年から1972年の40年間にわたって,深南部の農村地帯であるアラバマ州メイコン郡で行った,いわゆる梅毒の生体実験である.研究の開始当時,梅毒はアラバマを中心に南部の諸州で大流行し,Bad Bloodという俗称で恐れられていた.まだ有効な治療法が発見されていなかった頃で,梅毒に冒されながらも医者にかからずにいた被験者を見つけ出すことは,それほど難しいことではなかった.特に奴隷制廃止後も,人種差別が根強く残っていた深南部では,梅毒に関する知識もなければ,医者にかかるツテも金銭的余裕もない黒人の患者が数多く存在し,彼らは格好の研究の的となったのである.
研究の最終的な被験者となったのは,399人の梅毒に冒された黒人男性で,皆一様に貧しく,無教育であった.彼らは「送迎バス,おいしい昼食付きの無料健康診断が受けられ,何か悪い病気が見つかれば,医者の治療も受けられる.もしものことがあった場合は,50ドルの埋葬金が親族に与えられる」という誘いにのせられて,研究に巻き込まれていったのである.
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