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はじめに
摂食障害は,ここ数十年のうちに出現し,主に若い女性の間に急速に広まった,極めて現代的な病気である.これまでの医学的理解や治療法の常識を超えているとも言え,古代神話の怪物であるスフィンクス(旅人に「朝は4本足,昼は2本足,夜は3本足.これは何か」という謎を出し,解けない者を殺して食べていたという怪物.ギリシア悲劇『オイディプス王』に登場する)のように,われわれに謎と難題を投げかけ続けているように思われる.
公衆衛生に従事しておられる方々であれば,「摂食障害」1)という病名を耳にされたことがあるだろう.ある程度の知識を持っておられる方も少なくないと思われる.しかし,この病気が本質的にどのような病気であり,どう対処すればよいのかについて,明確な解答を持っておられる方はあまりいないのではないだろうか.摂食障害は多くの医療者にとって,理解のしにくい,最も取り扱いづらい病気の一つになっているように思われる.
それどころか,摂食障害の専門家といわれる人たちの間でも,一致した病態理解や対処法が存在しているとは言えないのが現状である.専門家同士が「摂食障害」について話していても,それぞれが異なった病態をイメージしており,お互いが相いれない治療法・対応を是としていることが少なくない.そのため,話がかみ合わず不毛な議論に終わりがちであることを,繰り返し経験してきた.
このような事態の一つの理由として,まず,摂食障害が多面的で多様な疾患であることが挙げられる.摂食障害の症状は,心理面,身体面,行動面,人間関係面などさまざまな側面に及ぶ.また,元来の性格傾向,育った環境,罹病期間,周囲の対応や治療の仕方などによって,同じ病名であってもその病像は大きく変わってくる.
そして,このような病態の複雑性以外に,医療者側の価値観や心理的傾向の相違も,摂食障害について統一した見解を得ることが困難である大きな要因となっているように思われる.医療者各人は,それぞれ受けてきた教育や元来の内面的傾向によって,多様で多面的な摂食障害の異なった部分に焦点を当てて摂食障害を理解する傾向がある.そして,そのような摂食障害理解に基づいて,個々の患者についての理解や治療もなされがちであるように思われる.
摂食障害のように複雑で対応困難な病気を理解し対処する場合,このような主観的要素が入ってくるのも,ある程度,仕方ないのかもしれない.しかし,筆者としては,このような百家争鳴のような状況は望ましくなく,より客観的な病態理解と合理的な治療法の発展が必要であると考えている.
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