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はじめに
神経性やせ症(anorexia nervosa:AN)や神経性過食症(bulimia nervosa:BN)などの摂食障害は若年女性を中心に有病率が高い疾患であるが1),受診率は低いことが知られている.オランダにおける摂食障害の1年期間有病率の推計の報告2)では,地域レベル,プライマリケアレベル,精神科治療レベルの3段階の患者数はANとBNとで異なっていた.ANについては,若年女性10万人当たりの各段階の患者数は370人,160人,127人であり,ANの半数しかプライマリケア医を受診していないことが分かる.BNについては,それぞれ1,500人,170人,87人であった.地域ではANよりBNの方が多いが,BNの受診率はANよりさらに低く,プライマリケア受診者数で見るとほぼ同数となっている.
ANは,低体重のために外見で病状が分かり,また,思春期発症が多いため,保護者などが強く受診を勧めれば半数程度は受診するということであろう.一方,BNは外見上は病状が周囲には分からない.また,成人発症も多く,一人暮らしも多いため,受診勧奨を受けにくいことが受診者数の少なさに影響しているのであろう.日本も受診のハードルは同様であることを考えれば,地域には,まだ,医療機関で観察されるよりはるかに多くの有症者がいると考えるべきである.日本では,病床を持つ医療機関(精神科,心療内科,小児科,婦人科,内分泌代謝内科など)の受診者数については調査3)があるが,プライマリケア医レベルのデータはいまだない.地域での有病率の推測はさらに難しいが,いくつかの学校での調査によれば,欧米とほぼ同率の食行動問題ややせ願望が観察されており4),有病率は,欧米に比較して著しく低いものではないと考えられる.
英国のプライマリケア医からデータを収集した2005年の報告によれば,1990年代にはBNの受診率が増加し,その後は減少しているという5).ダイアナ妃(当時)が摂食障害をカミングアウトしたことなどが契機となり,それまで未受診だった人の受診が増えた可能性があるという.その後,減少したのは,上述のとおり,1990年代にそれまでの未治療者が多く受診したこともあるが,英国摂食障害協会(Eating Disorders Association:BEAT)6)など,医療機関以外での相談が充実したためではないかとも推測されている.BEATは当事者向けの援助を行っている団体である.このように,医療機関の受診者数は,社会にどのような援助資源があるかにも影響を受ける.
受診率の低い疾患は多数あるが,摂食障害が特殊なのは,自分では病気と認めない「否認」の心理7)が,その精神病理の重要な要素を成しているということである.ANでは「低栄養の深刻さの否認」が診断基準8)の一項目にも挙がっている.BNについては,過食や嘔吐には強い苦痛を自覚する人が多い.しかし,これらは自分の意思では止められない「症状」であるにもかかわらず,「強い意志を持てば止められるはず」「これは病気でなく自分の弱さのせい」という自己責任論を当事者も持っていることが多い.また,過食嘔吐という症状について話をすることの恥ずかしさも大きい.摂食障害は,世の中の偏見(スティグマ)の強い疾患であることが知られているが,これを当事者が取り込む「セルフスティグマ」問題も大きいといえる9).受診率の低さにはこのような問題も関わっている.
上述したように,摂食障害の治療について考えると,病院の中だけで良い対応はできない.社会の中での摂食障害のあり方をよく知っておく必要がある.本稿では,摂食障害と社会との関係を考える例として,学校と医療の連携,また,地域の保健所・センターでの相談の実態について検討する.
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