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日本における少子化対策は,1988年の合計特殊出生率1.66が翌年に1.57へと大きく低下したことを切っ掛けとして始まった.人口統計の歴史上それまで最低を記録していた合計特殊出生率は,「ひのえうま(1966)年」の1.58であったが,1990年に公表された同数値はそれを下回った.これにより,日本社会全体を「1.57ショック」という言葉が広く喧伝され,低出生率がもたらす様々な問題が大きな社会的関心を引き起こした.政府では,数値が公表された1990年の8月に「健やかに子供を産み育てる環境づくりに関する関係省庁連絡会議」を発足させ,低出生率に対する様々な検討を始めた.1992年1月1日には前年に法改正された「改正児童手当法」が施行され,児童手当の支給対象が第1子からに拡大され,また同年4月には育児休業制度の施行や出産手当の支給期間の改善等が行われた.そして,1994年12月に当時の厚生,文部,労働,建設の4大臣合意による「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について(エンゼルプラン)」が始まり,その後「新エンゼルプラン」を経て,2004年に「少子化対策大綱」が閣議決定された.この大綱に基づく具体的な施策である「子ども・子育て応援プラン」が実施に移された.その後も,少子化対策は政府の重要な施策課題として推進され,「こどもと家族を応援する日本」重点戦略と次世代育成支援の包括的枠組み・中期プログラムなどによって政策が実施されつつある.
一方で,こうした施策の展開がどのような形で効果を上げ,日本の出生率低下や少子化の進行を抑止し,出生率の回復に効果を及ぼしているのか絶えず疑問も投げかけられてきている.なぜなら,合計特殊出生率は,少子化対策の推進にかかわらず低下が続き,2005年の合計特殊出生率は1.26にまで低下してきたからである.
本稿では,少子化対策の効果について欧州の動向を考慮しつつ,日本の少子化対策の課題について考えてみたい.
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