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はじめに
「死」は人間にとって避けることのできない現実でありながら,最も理解しがたい現象でもある。生きている限り,私たちはいつか死を迎えることを知っているが,その自覚はしばしば深い不安を伴う。今回は,死にゆく人の「死に対する不安」に焦点を当てて人間の心の根底に存在するテーマについて考えていきたい。
初めて「死の不安(death anxiety)」という用語を学術的に整理した代表的文献はFeifel(ed.)(1959)の『The meaning of death』である。
Neimeyer(1994)は『Death Anxiety Handbook』において,死の不安を単一の定義で規定することは難しいと述べ,Feifel(1959)やTempler(1970)などの理論を整理した上で,死の不安を「自己の死の不可避性の認識に伴う心理的・存在的反応」として捉えている。わかりやすくいうと,死の不安は人が死を自覚し,死を脅威と認識した時点で生じる不快な感情,ともいえる。しかし,その不快な感情は,人生の終わりを自覚する過程で生じる多次元的な心理現象であり,情動的・認知的・動機的要素が複雑に絡み合っている(Feifel, 1959;Kastenbaum & Costa, 1977;Neimeyer, 1994)。
このように述べると,人の心にあふれる情動をどのように分析し,看護に活かすことができるのかと疑問に感じる人もいるかもしれない。
Neimeyer(1994)は,この不安を通して人は自己の生の価値や意味を再構築しようとする傾向をもつと述べている。つまり,医療職者だけでなく,その人との適切な関わり方がわかれば,死の不安は人間の成長や生の理解を促す契機ともなりうる。筆者は,この視点が重要であると考える。言い換えると,死の不安は異常行動ではなく,人がその衝撃を乗り越えるための1つのプロセスであり,正常な反応であると考える。
この正常な反応ともいえる死の不安を,『NANDA-I看護診断—定義と分類2024-2026』(ハードマンら原書編/上鶴訳,2025)では,「死の不安過剰」と,診断名をかえた。「過剰」という表現の意味するものは,筆者が考えている死の不安とは大きくかけ離れている。「過剰(excess)」とは単に“多い”という量的な意味合いではなく,基準や適応的範囲を超えて機能的不均衡を生じる状態を指す(Merriam-Webster, n.d.)。
心理学・精神医学領域では,“excessive”という語がしばしば否定的・病理的評価を伴って用いられ(American Psychiatric Association, 2013),DSM-5の一般化不安障害の診断基準では「過剰な不安(excessive anxiety)」という表現が,適応的でない心理反応を意味している。このように,「過剰」は機能的・心理的バランスを逸脱した否定的状態を示す概念ではないかと考える。
そこで,ここではあえて「死の不安」という表現で述べていきたい。

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