- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
転倒・転落は医療安全上の重大インシデントであり,その予防ケアはすべての患者に対して行うべきケアとして,多くの施設で医療安全管理マニュアルや標準看護計画等に含まれている。例えば,転倒・転落リスクアセスメントスコアに基づく対策の立案(日本看護協会,2013),ベッド柵やナースコールの確認,照明・床面の安全確認,定期的なラウンドでの安全点検などは,個別の看護診断をつけなくても,実施すべきものといえる。
一方で,標準的なケアだけでは対応しきれない,よりリスクが高い患者や要因が複雑に重なるケースが存在する。このような場合に,NANDA-I看護診断(ハードマンら原書編/上鶴訳,2025)における「小児転倒・転落リスク状態」「成人転倒・転落リスク状態」や本稿で扱う日本版看護診断「身体損傷の高リスク状態:転倒」を意図的に明示することは,下肢筋力訓練の個別的プログラム立案,積極的な薬剤調整の依頼,患者・家族への詳細な教育的介入といった,より個別的かつ計画的な介入を実施する根拠となる。つまり,転倒・転落予防の実践は,全患者を対象として実施されるケアと,高リスク患者を対象とする看護診断に基づく個別的ケア計画の二層構造で位置づけて捉えることが,臨床現場の実態として現実的であり,理論的にも整合性がとれると考える。
転倒・転落は,患者の身体的苦痛や機能低下,入院期間の延長,QOLの低下を招くだけでなく,医療安全管理上の重大な課題でもある。転倒・転落による死因の約90%は頭部外傷とされ(医療事故調査・支援センター,2019)註1,死亡につながる頭部外傷や,大腿骨骨折による廃用性症候群等の傷害発生を防止することは喫緊の課題である。転倒・転落は,病院機能評価においても「転倒・転落防止対策の実践」が評価項目として組み込まれ(日本医療機能評価機構,2022)註2,医療安全共同行動においても「行動目標9:転倒・転落による傷害の防止」が掲げられている(医療安全全国共同行動,2017)註3。さらに,日本看護協会のDiNQL(労働と看護の質向上のためのデータベース)事業においても転倒・転落防止に関する項目が設定されており(日本看護協会)註4,本問題への取り組みは看護の質に直結する最重要課題の一つといえる。
転倒・転落に対する標準的な予防策に加え,的確なリスクアセスメントとそれに基づく個別的な予防的介入は,患者の安全を守り,ケアの質を保証する上で不可欠である。本稿では,この診断に関する情報と実践評価の現状を整理するとともに,医療DXの進展がもたらす「研究」の新たな可能性,すなわちデータ駆動型の転倒・転落予防策の未来について考察する。なお,以下で詳述する日本版看護診断「身体損傷の高リスク状態:転倒」については,日本看護診断学会将来構想プロジェクトⅡによって,これまで日本で一般的に行われていたリスクアセスメントと介入を検討した報告(黒江ら,2020)に基づき,さらに整理したものである。今後,アセスメントから実践・評価に至るプロセスは医療DXによって大きく変貌することが予測される。すでに先駆的な取り組みが臨床現場でも運用され始めているが,本稿ではその可能性を主に,後述する「転倒・転落予防に関する「研究」の動向と今後の展望」の節で論じることとしたい。

Copyright © 2025, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.

