精神医学 1巻7号 (1959年7月)

特集 神経質

森田神経質とその療法 池田 数好
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Ⅰ.まえおき

 〈神経質(Nervosity)〉という語は,こんにちわが国の精神医学の領域で,特別の意味に用いられている。それは,森田教授によつて提起された1つの疾病単位としてのよび名であり,神経症(Neurosis)のなかのある一群に対して与えられたものである。したがつてこれば,通俗的な意味で,ある性格特徴を表現するために用いられる一般的な内容と異るものであることはもちろん,神経衰弱(Neurasthenia)とも,欧米でいうHypochondriasisとも同義ではない。この意味では,まぎらわしさをさけるため,〈森田神経質〉とよぶのが,もつとも適当であると考えられるが,以下の文中では,森田教授にならつて,単に神経質と略称する***

 さて,ここ数年来,わが国において,本症についての関心がにわかに高まつてきたようである。しかし,衆知のように,本症についての森田学説そのものは,すでに30年以上もまえに,ほとんど完成された型で体系化されていたものである12)。しかもそれは,わが国でうまれた,ほとんど唯一の,独創的な神経症論であるとともに,その理論にもとづくすぐれた心理療法の体系をそなえている。S. Freudの精神分析学理論とその技法が,大きな転換を示しはじめた1920年代に,すでに森田学説の全般を伝える著書が出版されていたことを考えると,いまさらのように,驚くべき先駆であつたことを痛感せざるを得ない9),10)。しかし,それにもかかわらず,高良・野村教授その他慈恵大学を中心とする森田学派と,下田教授以来の九州大学,およびその他2,3の人々をのぞいて,この理論と治療法の卓抜さを認め,入念に検討,追試し,あるいはこれを発展させた精神医学者の数は,それほど多くはなかつたようである。それが人々の注目をあびるようになつたのは,大戦後わが国において,神経症一般に対する関心が高まり,神経症についての多くの新知見が得られるとともに,精神分析学をはじめ,欧米のいろいろの神経症学説が紹介され,普及した結果,より詳細な森田学説の検討,あるいは,力動精神医学の側からの反省などが必要になつてきたことに主な原因があると考えられる。さらに,戦後とくにアメリカ医学との交流によつて,森田学説が彼地に紹介・発表され,そのことが逆に,わが国の医学者の関心を刺激した点も見のがせないであろう。

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 最近わが国の神経症研究に1つの新しい動きがみられる。それは結局は森田説の力動心理学的,ないしは精神分析学的,あるいは実存分析学的発展を目ざしているのであるが,もしそれが堅実な歩みをつづけるならば,沈滞したわが国の神経症研究に1本の大きな撰を打ちこむことになるに違いない。

 わが国の精神医学がはじめ主にドイツから,一部分フランスから移し植えられたなかにあつて,ただ神経症についてだけは,比較的早期から,わが国独自の神経症説ともいうべき森田説が生まれた。独自といつてももちろん先進諸国の影響から全く無関係に生まれたものではない。しかしその本質的なものはわが国固有の文化に培われた森田を通じて結晶した東洋的人間知であるとみることができる。この意味でもこの説はわれわれの土壌に実つたたぐいまれな成果としてもつと真剣に,虚心に研究するに値すると思う。

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 森田の神経質,高良による神経質症については,ここに述べるまでもなく,すでに,数多くの研究発表があり,その特質も明らかにされてきているのは周知のごとくである。しかし,森田療法による治療過程の研究は症例と理論による比較精神病理学の研究によつて,その臨床的に優れた価値を実証したものが主である。私はこの点を,さらになんらかの普遍的客観的尺度によつて,どのような変化として把握されるかを調べ,森田療法の治癒過程の解明の一助となしたいと考えた。

 ロールシャッハ・テストは1921年スイスの精神病医Hermann Rorschachにより発表されたが,その著書は当時の心理学および精神病学の理論から,連想心理学,Bleulerの精神病学,Jungの内向,外向の類型学の相互説明により,実験精神病理学の意図を含んで生まれた。その後,このテストは数多くの各国の研究者の手により,臨床例の増加,方法の検討修正などが行なわれ,現在わが国においても,最も普遍性のあるプロジェクティブ・メソドの1つとして,精神医学,心理学,文化人類学の各分野で,ダイナミックなパーソナリティー・テストとして広く行なわれている。Rorschachは,その著書の中で,精神分析療法施行前後のプロトコルの比較対照からロールシャッハ記号の変化を述べているが,彼の死後,1939年Schreiber, Mが一般の治癒判定の主観性を批判した意図に沿つて,Piotrowski27)はロールシャッハを用いて治癒の客観的判定を試み,各サインを独立に扱つて,Mの数の増加と質の変化,FCおよびΣCの増加などが見られたと報告している。その後,Muensch,Carr,Lord,Hamlin,Haimowitzらにより,それぞれの方法と角度から,種種この点の研究がすすめられてきたことは片口14)も述べているところである。わが国では佐治,片口16)によつてPiotrowskiの変化サインとBRSでの判定が自由連想法,および簡便法施行の神経症例で行なわれているほか,森田療法には河合・山本・宇佐20)によるKlopferの予後評定尺度の検討,片口14)によるBRSの適用がなされているに過ぎない。しかし前述の研究者達によつても心理療法の治療効果の測定についてロールシャッハ・テストの適用の結果はかなり肯定的のものがあることが述べられている。神経質症のロールシャッハ・テストについては安田36)が極めて多数例について広範な検討をしているが,外来訪問時のみのものであり,統計的検定がなされていない。以上から私はロールシャッハ・テストの量的客観的測定をとおして,森田療法による神経質症者の治療効果が,どのようなパーソナリティー変化として把握されるか,またその状態像変化がロールシャッハ・テストの上で,いかなる精神病理学的な意味を示すかをみようとした。

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Ⅰ.序論

 森田は神経質の症状の発呈を,ヒポコンデリー性基調と精神交互作用によつて説明している。ヒポコンデリーとは森田によれば“心気症すなわち疾病恐怖の義で人間の本性たる生存欲の現われ1)”,であり,また高良によれば“自己の心身の状態をもつて現実に適応し得ないと感ずる不安すなわち適応不安の基調2)”である。精神交互作用とはある感覚感情さらに観念に対して注意が集中されると,それらはより強く意識され,このために,さらに注意がそれらに強く向う,このように交互に作用して,それらが拡大されたものとなる精神過程に対して,名づけたものである。森田はヒポコンデリーの精神傾向を神経質を起す準備状態と考えた。この傾向について森田は先天的の素質を主とするとし,下田は環境の影響で起る3)こととしている。森田はこの素質は“目的に対して自己の力と手段とのみに屈托拘泥する傾向1)”すなわち内向性,完全欲の強い傾向となし,ヒポコンデリー性のたかまりの状態の時,普通にもあり得る身心の状態に注意が向き,これが精神交互作用によつて,症状として固定し,神経質を起すものと考えた。すなわちこの発呈過程はピコポンデリー性の為に,特定の意識を異常と考えて,この意識を自らの意志で,合理的に処理しようとして失敗し,失敗しても処理しようと執着している精神葛藤ともいえる。この葛藤は“はからい”という言葉で表現してもよい。竹山は神経質症状は高次の人格層における葛藤であるといつている4)が,森田のふれている葛藤は意識された葛藤を主としている5)。また精神分析学的立場から新福6),土居7)は精神交互作用を症状と考え,注意を向けしむる条件を意識下に求めている。井村は“森田の精神葛藤は,精神分析学やその影響下にある深層心理学からみると,表層の浅い葛藤を意味している8)”となし池田9),河合10)も同様の考え方をとつている。

 かかる見解から,森田は,神経質の治療の要点として,“ヒポコンデリー性基調の陶冶鍛錬,精神交互作用の破壊除去1)”をあげている。井村は“前者は神経質症状を生成するもとである自らの身体や能力に対する不安に耐える訓錬であり,また後者は不安な気分に捉われている生活態度の改革である”。とし,この治療方針としては,“身心の状態を忍受し,事実に即した生き方をとらしむようにしむけること8)”としている。このような生活態度の徹底したものは,不安の気分とか,身体の感やをそのままに受け入れる時に,自然と展開する精神態度である。受け入れるとは,このような感じ,気分に反対観念が意識にのぼつて来ない状態である。すなわち“はからい”の尽きた態度ともいえる。この態度を打ち出すようにしむけることが,森田療法の根本方針であると考える。

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Ⅰ.ソビエトにおける神経症論の基礎としてのPavlovの基本的思想

 ソビエトにおける神経症論は,Pavlovの動物の実験神経症——大脳皮質の神経組織を少しも破壊することなく,人為的にひきおこされた皮質の病的状態——に関する研究結果,もつとひろくいえば,その高次神経活動学説に基礎をおいたものである。したがつて,ソビエトにおける神経症の考え方を理解するためには,Pavlovの医学思想一般と,その生理学における反射理論の3原理を一応念頭に入れておく必要がある。

 まずその医学思想の第1に,Pavlovは,生体を1つの統一されたもの——全一体としてみることを強調する。すなわち,ある器官や組織の変化の原因は,かならずしもその局所にあるとは考えず,またその変化は,いろいろな形で全生体に複雑な影響を与えているということを強調するのである。第2に,生体と環境との不可分の関係を強調し,その相互作用には,神経の高次部位,すなわち高等な動物では大脳皮質が,特に重要な役割をしていることを強調する。第3には,いわゆる神経主義(Nervism)の思想である。すなわち,他の系統に対する神経系の優位の思想である。もつとくだけていえば,全器官のはたらきの調和と調節は,神経系によつて行われているということを認めることである。

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 『精神分裂病』の症例研究は前号までで紹介を終つたので,今回は最後に,分裂病の総論的考察ともいうべき本書の「序論」を要約したいと思う。「序論」を最後にまわしたのは,前にも触れたとおり,それが症例研究をまとめて出版する際に(1957年)書き加えられたもので,症例研究からの引用も多く,あとで読むほうが理解しやすいからである。ちなみに,この序論の要旨は,1957年9月2日に,チューリヒで催された第2回国際精神医学会の席上「現存在分析,精神医学,精神分裂病」という題で講演されている。

 ここにまとめた分裂病研究は,精神医学の臨床で分裂病と名づけられる現存在形の構造と進行を理解しようとする試みである。まず,5つの症例を選ぶさい条件となつたのは,第1に,自己記述をふくむ生活史と病歴の十分な材料が存在すること,第2に,欠陥状態ではないこと,第3に,精神病の発現に先立つて多少とも《異常行動》の時期が見られること,そして第4に,できるだけ各種の症例を選ぶことだつた。しかし,5例のうち3例までが被害妄想の症例なのは(症例1,4,5),分裂病の問題が妄想,とくに被害妄想において頂点に達すると思われるからである。

基本情報

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精神医学
1巻7号 (1959年7月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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