生体の科学 18巻3号 (1967年6月)

巻頭言

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 10年程前,私が英国から日本へかえつて新しい研究室を創設しようとした時,欧米の研究室が羨ましいと思つたことは,研究費の額が日本に比べて大きいということは別にして,英国やスェーデンの研究室では多数の技術者と実験補助員がいて研究のための各種の補助をしてくれるということ,有能な秘書がいてすべての事務的用事とタイプライティングをしてくれるということであつた。それで研究に必要なその種の補助的人員をなるべく確保しようと,過去においていろいろ努力したのであるが種々の制限のために過去10年間の間に何等の改善もなされていない。以上のことは私の研究室に限られたことではない。広くわが国において基礎医学研究の場というものが過去20年間に本質的な改善がなされていないということを感じる。かえつて,定員不補充の問題とからみあつて,事態は悪化しているといえる。もちろん戦後20年の間に各大学医学部の講座費,科研費の額は年々増額されているし,関連技術の進歩により研究に必要な国産機械を比較的容易に購入しうるという点では,過去20年の間に進展があつた。またわが国全体でいえば各大学における講座の増設が逐次なされて研究人口が漸増したという点でも,基礎医学における発展はあつたといえる。しかしなお,私はわが国における基礎医学研究の場というものは,本質的には過去20年の間に改善されていないということができると思う。

主題 視覚

色覚の網膜機序 冨田 恒男
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 色覚についてはNewton以来多数の著明な学者による異なつた学説があるが,代表的なものは何といつてもYoung-Helmholtzの三色説とHeringの反対色説とである。前者はYoung(1802)によつて基本概念が出され,これがHelmholtz(1852)により発展させられたもので,網膜内に波長感度を異にする赤・緑・青の3要素があり,それらが興奮する程度に従つてすべての色覚を説明しようとするものである。また,Hering(1878)による反対色説というのは,赤・緑・青の他にさらに黄の要素を加え,しかも赤と緑,また黄と青とはHeringが赤緑物質および黄青物質として表現しているような対の関係にあり,それらの物質の分解がそれぞれ赤および黄の感覚に,そして合成がそれらの反対色たる緑および青の感覚に対応すると考える。なお色を伴わない単なる明暗の感覚に対しては,白黒物質の分解,合成を考えるわけである。

 上記の2学説は,その後これを生理学的に批判するための直接的な手段もないままに,どの成書にも代表的な2大学説として併記されて今日に至つた。しかしながら最近の生理学実験の微細技術と電子工学とのめざましい進歩は約1世紀にわたり見送られてきた両学説に対する直接的な批判実験を可能となしつつある。以下(1)神経節細胞レベル(2)双極細胞レベルおよび(3)視細胞レベルの3者について最近の進歩を述べる。

光量子・感度・順応 中 研一
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 1953年にGunner Svaetichin36)は淡水魚網膜より光に反応する電位を記録した。この電位は後に本川弘一教授により,"S-電位"と名づけられ,過去十数年間視覚生理,特にわが国でのこの方面の研究の一つのトピックであつた。この電位は,神経にみられる反復興奮するパルス状のスパイクとは異なり,刺激によるd. c. レベルの変化であり,緩電位(slow potential)と呼ばれるものである。しかし,その大きさは数10mVで,網膜電図(ERG),脳波(EEG)といつた容量導体(volume conductor)から記録される電位とは全く性質を異にするものである。この電位は後にGrusser(1957)10)およびBrown & Wiesel(1959)4)により猫で,Nakaら(1960)19)により蛙でも記録されていることからみて,脊椎動物網膜に広くみられるものであろう。

 S-電位に関するこれまでの研究は主としてつぎの二点にしぼられてきた。

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 Patternの認識というと意識水準の問題としてうけとられやすいが,問題をもつと一般化して論ずる必要がある。それは,意識活動が明らかではないカエルのような動物でも,その行動の上から,また,神経生理学的な方法によつても,形をなすものが唯の点刺激の集まりとしてではなくその形に特有な反応をひきおこすことが知られているからである。意識が最も深い関係をもつのは人間であるが,人間での体験をそのまま動物に適用することはできない。形状認知の問題は進化の水準に照らして研究すべきである。また進化の程度が同じであつても動物の習性によつてもちがう。たとえば,人間のように両眼視がよく発達したものと,ウサギのように,発達していないものでは様子がちがう。人間の場合は,外側膝状体は両眼からきた情報にあまり修正を加えずに,視覚中枢へ伝える傾向がある。両眼からきたものを,なるべく,そのまま視覚中枢へ伝えて,そこで両眼視機能の中枢過程が行なわれるものと考えられる。ところがウサギでは,かえつて高等な分化が網膜や外側膝状体で行なわれている形跡がある。両眼からの素材をそのまま中枢へ伝える必要がないからであろうと思われる。

 形状認知の基礎をなす受容野の問題をとらえてみてもこの関係がよくわかる。人間やネコのような両眼視の発達したものでは網膜の神経節細胞の受容野の構造は割合に簡単である。中心がonまたはoffで周辺がoffまたはonの構造で,受容野の形状は同心円的である。

解説講座 対談

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 血小板の意義

 江橋 それから,血小板の機能につきまして。昔は非常に血小板の機能が重要視された。ところが耳にはさんだ所では,血小板というものの役割はどうもはつきりしないということをよく聞くのですが,血小板がなくてはやはり凝固は起こらないものでしようか。それとも血小板というものはある程度役割をはたすけれども,不可欠のものではないという……。どつちなのでしようか。たとえば先程お話があつたthrombopeniaでは血液の凝固にそれほど支障はない,というふうな点……。

 浅田 ですから血小板の数が非常に減少しても,血小板の関与する血餅退縮現象は非常に落ちてきますけれども,凝固のほうはあまり凝固時間の延長は見られない。しかしその場合でも数からいえば相当ありますので,有効量の10倍も20倍も上回つているくらいの量で,われわれはたつぷり血小板をこの凝固系には持つているという意味で……。もう一つはplasmaを血小板freeにするということが普通の遠沈操作ではほとんど困難なわけです。

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 心筋または平滑筋のpacemaker cellにおける周期的自動興奮の機序,とくに静止期脱分極(前電位)の成因について次のような点に関し,日頃この問題に造詣の深い方々の意見をあつめました。

 1)下のA,Bにつきご経験からまたは文献的にご批判下さい。

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 Endoplasmic reticulum(以下ER)とはPorterおよびその協同研究者によつて最初に見出され,命名された細胞質内の新しいcomponentである。すなわち,porter, Claude and Fullman1)は培養細胞をそのまま電子顕微鏡で観察することにより,細胞質内に見出したもので,ERという名称は1952年Porter and Kallmann2)の論文において,はじめてはつきりと提称されている。これらERの概念の発達と歴史については,Palade3)による綜説に詳しく,まず眼を通すべき論文であろう。しかし,ERの構造や機能についてのPorterおよびその協同者の考え方もはじめとは研究の進展と共に次第に変化している。これも科学の歴史として当然のことというべきであろう。Porter自身の比較的最近の考え方を知るためには,彼の綜説4)を参照すべきである。と同時に,Porterらによる一連の論文すなわち,Studies on the endoplasmic reticulum(Ⅰ〜Ⅴ)はこの分野での古典として熟読されてよいであろう。

基本情報

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生体の科学
18巻3号 (1967年6月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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