Neurological Surgery 脳神経外科 46巻12号 (2018年12月)

働き方改革? 山本 和己
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 ずいぶん古い話ですが,イザヤ・ベンダサン(山本七平氏の筆名)著『日本人とユダヤ人』(山本書店・1970年)の「安全と自由と水のコスト」の項に,「安全にはコストがかかります.しかし,この世のあらゆることは,生命の安全があってはじめて成り立つわけで,もし生命を失えば,その人にとっては,この世のすべてのことは全く無意味です」と書かれていました.また,同書には「日本人は水と安全はタダだと思っている」とも書かれていましたが,今の日本人の多くは,水も有料,安全の確保も有料で,それなりのコストが必要と知っています.

 一方,生命の安全を保障する医療についても,タダとは言わないまでも,国民皆保険制度,フリーアクセスなどにより,それに近いイメージだったように思います.しかし,その安心安全な医療は,日頃の医療従事者,特に医師の過重労働に支えられていたのではないでしょうか.

総説

TSH産生下垂体腺腫 藤尾 信吾 , 吉本 幸司
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Ⅰ.はじめに

 甲状腺刺激ホルモン(thyroid-stimulating hormone:TSH)産生下垂体腺腫は,血中の甲状腺ホルモン値が上昇しているにもかかわらず,血中TSHが抑制されていない,いわゆる不適切TSH分泌症候群(syndrome of inappropriate secretion of TSH:SITSH)を呈することが特徴で,動悸,頻脈などの甲状腺機能亢進症状を主訴に発見されることが多い.詳細は後述するが,近年,不妊外来で甲状腺機能を評価することが一般的になり,産婦人科経由で発見される頻度が高まっている.

 本稿では,TSH産生下垂体腺腫の概要,診断,そして治療法などについて,最新の知見を交えて解説する.

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Ⅰ.はじめに

 梯子や脚立などは,建築工事などの労務以外に家事でも使用される身近な道具であるが7),近年これら梯子・脚立からの転落外傷(ladder-related fall injury:LRFI)が問題視されている.2016年に消費者庁が発表した437件のLRFI関連の事故情報によると,多くは自宅周囲の軽作業中の発生であったものの,8件の死亡事故を含んでいた19).国内の労務現場においても「はしご等からの墜落・転落災害」により毎年30人弱の労働者が亡くなっている10)

 LRFIは頭部外傷を伴うことにより重篤化することが知られており,われわれ脳神経外科医が治療の中心を担うことも多い2,5).しかしLRFIに関する研究は海外からの報告が多く,わが国の,特に脳神経外科救急施設からの情報は少ない15,18).そこで,今回われわれは,自験例を対象にLRFIの臨床的特徴や予後,特に頭部外傷が与える影響について検討した.

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Ⅰ.はじめに

 脳腫瘍で腫瘍内出血を来す頻度は0.6〜14.6%とされ,出血を来しやすいのは一般的に転移性脳腫瘍や膠芽腫などの悪性脳腫瘍である21).腫瘍内出血の頻度は,転移性脳腫瘍では2.9〜14%で,原疾患として,肺癌,悪性黒色腫,絨毛癌,甲状腺癌が多い16).また,原発性脳腫瘍である神経膠腫では3.7〜7.2%の頻度であり,膠芽腫の頻度が最も高く,low grade glioma(LGG)は1%未満と稀である1,5,10,15).今回われわれは,腫瘍内出血で発症し,脳血管撮影において動静脈短絡を呈したdiffuse astrocytomaの1例を経験したので報告する.

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Ⅰ.はじめに

 外傷性急性硬膜下血腫(acute subdural hematoma:ASDH)のうち,意識障害を伴わない軽症例において,遅発性に神経症状が増悪することがある6,10,11).この病態に関してさまざまな検討がなされており,増大した血腫による圧迫,皮質細動脈のspasm,hemispheric hyperperfusion,痙攣性てんかん発作,あるいは非痙攣性てんかん発作(non-convulsive seizure:NCS)などが原因として挙げられている6,10,11,13)

 一方,外科的治療が考慮される部分てんかん発作におけるてんかん焦点の診断に,123I-iomazenil(IMZ)SPECTが使用されている.脳皮質に豊富に存在するベンゾジアゼピン-GABA複合受容体のベンゾジアゼピン結合部とIMZとは高い親和性を有し,選択的に結合する.トレーサ投与後170〜200分を撮影時間とした晩期像は,脳皮質のベンゾジアゼピン-GABA複合受容体の結合能を表すとされている4,5,9,12).てんかん焦点は,変性した神経組織あるいは正常な神経組織ではないため,ベンゾジアゼピン-GABA複合受容体が変性または欠損しており,IMZ SPECTの晩期像で集積低下や欠損を示す.一方,IMZ SPECT晩期像で描出される集積低下は,必ずしもベンゾジアゼピン-GABA複合受容体の不可逆性を示すものではなく,低下した集積が経時的に改善することもあり7),神経受容体あるいは神経機能と相関するとの報告もある4)

 今回われわれは,軽症外傷性ASDHの経過観察中に,遅発性に血腫の増大なく一過性失語症を呈した症例を経験した.IMZ SPECTを経時的に撮像することにより,その病態を示唆する所見を得たので報告する.

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Ⅰ.はじめに

 内頚動脈血マメ状動脈瘤(blood blister-like aneurysm:BBA)は,頭蓋内動脈瘤の0.3〜1%,内頚動脈瘤の0.9〜6.6%の頻度で発生する比較的稀な動脈瘤であり,主に硬膜内内頚動脈前壁に発生し,小さい半球形の脆弱な瘤壁を有する1).BBA破裂によるくも膜下出血(subarachnoid hemorrhage:SAH)の診断は,画像診断技術の進歩した現在においてもしばしば難渋するが,今回われわれは,血管内の血液信号を抑制して血管壁の性状を評価できるmotion-sensitized driven-equilibrium(MSDE)法を用いた造影magnetic resonance vessel wall imaging(MR-VWI)が,破裂部動脈瘤の診断に有用であった1例を経験したので報告する.

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Ⅰ.はじめに

 手根管症候群(carpal tunnel syndrome:CTS)への外科治療は,1930年代の直視下手根管開放術(open carpal tunnel release:OCTR)に始まり14),1980年代後半には鏡視下手根管開放術(endoscopic carpal tunnel release:ECTR)が加わった.ECTRは,汎用型内視鏡を用いるコンセプトの発案以後25),前腕遠位部のポートと専用器具を用いるsingle-portal technique1),前腕遠位部と手掌にポートを設けるdual-portal techniqueが登場し5),OCTRでみられる有痛性の手掌瘢痕を生じないことから,1990年代に急速に普及した.しかし合併症リスク,高コスト,適応が手術歴のない特発性CTSに限定される11)などの理由から,近年は否定的な風潮にあり,ECTRとOCTRを合併症率,患者満足度,術後疼痛などで比較したメタ解析でも,ECTRがOCTRに対して優位なのは術後疼痛の弱さのみと結論されている37)

 今回われわれは,ECTRにおける手根管の不全開放および尺骨神経掌枝の断端神経腫形成が,難治性の慢性疼痛症候群である複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)の発生に関与した1例を経験したので報告し,これらの合併症を考察する.

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Ⅰ.はじめに

 肥厚性硬膜炎は,脳脊髄硬膜に線維性肥厚を来す慢性炎症性疾患である.近年,その原因の1つとして,IgG4関連の炎症性機序が明らかになってきている1,5,11).今回われわれは,びまん性の髄膜肥厚を認める症例に対して硬膜生検を施行し,IgG4関連の肥厚性硬膜炎と診断した症例を経験したため,症例を提示して文献的考察を加える.

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Ⅰ.経験症例

 〈患 者〉 38歳 女性

 現病歴 近医産婦人科にて経膣分娩で第1子を出産した.出産時に陣痛促進のためオキシトシンが使用されたが,分娩直後および分娩後の著明な血圧変動はなく,そのほか特に問題は認めなかった.出産後10日目に,両側前頭部から側頭部にかけて締め付けられるような間欠的な頭痛に続いて,失語症状が出現した.イブプロフェンを内服して頭痛は改善したが,失語症状が続いたため,翌日近医産婦人科を受診した.診察中に全身性の痙攣発作が出現し,ジアゼパムを投与され,加療目的で当院救急搬送となった.

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Ⅰ.経験症例

 〈症例1〉 90歳 男性

 現病歴 徐脈性心房細動および脳梗塞の既往があり,ダビガトラン(プラザキサ®)220mg/dayを内服中であった.5週間前に転倒し,数日前から左不全片麻痺が出現して,近医より当科紹介となった.

連載 日常診療に役立つ“頭部外傷”のminimum essence

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Ⅰ.はじめに

 本邦では高齢化が急速に進展しており,医療の分野においても未曽有の超高齢社会に対応することが喫緊の課題となっている.日本脳神経外傷学会の「日本頭部外傷データバンク」をみてみると,例に漏れず日本の頭部外傷患者における高齢者の割合が増加しており,最新のプロジェクト2015(2015-2017年登録)では,重症頭部外傷患者の半数以上が65歳以上の高齢者であった.日本で頭部外傷診療を行う上で高齢者頭部外傷は稀な存在ではなく,日常的に遭遇する患者群である.高齢者は,若年者とは異なる解剖学的・生理学的特徴や病態を有する.これまでの報告では,高齢者頭部外傷の転帰は若年者と比較して悪いとされている9,27).しかし,高齢者頭部外傷に特有の病態を理解して診療にあたれば,治療におけるピットフォールに陥ることなく,転帰を改善する余地があると考えられる.

 本稿では,これまでの高齢者頭部外傷治療の疫学的調査結果を検討しながら,高齢者頭部外傷に特有な病態を解説する.さらに,高齢者頭部外傷の病態を踏まえた上で治療戦略を考察する.読者の方々の今後の日常診療に役立てていただきたい.

海外留学記

USMLE体験記—裏技と落とし穴 江夏 怜
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はじめに

 USMLEとはUnited States Medical Licensing Examinationの略称であり,米国の医師国家試験のことです.この試験を主催するのは,医事審議会連合(Federation of State Medical Boards:FSMB)と国立医療試験審議会(National Board of Medical Examiners:NBME)という2つの組織であり,Step1,Step2 CK・CS,Step3の3つのステップ,計4つの試験で構成されています.Step1は基礎医学,Step2は臨床医学に関する試験であり,Step2 CK(clinical knowledge)は臨床医学の知識問題,Step2 CS(clinical skills)は問診,診察,診断,患者説明,カルテ記載などの臨床技能試験,Step3はコンピューターシミュレーションなどを含む,総合的な医療知識と実践に関する試験といった内容です.外国人が臨床研修をするために必要なtraining licenseを取得するには,このStep2まで合格して,Educational Commission for Foreign Medical Graduates(ECFMG)という,外国医学部出身者が米国内で医療を行うための資格を認可する機関よりECFMG certificateを取得する必要があります.これは言ってしまえば,研修をするための仮免許のようなものです.米国の医師免許は州ごとに発行され,その州の永続医師免許を取得するにはStep3に合格することが必要になります.通常の臨床研修をするのならば,Step2まで合格すれば十分ですが,その後も医師として米国で働くか,2-year ruleが適用されるJ-1 visaでなく,H-1B visaで研修する場合は,Step3まで合格している必要があります.自分の目的に応じて,どのStepまで必要かが決まるわけです.

 ちなみに米国で臨床研修をするには,レジデントに応募する方法と臨床フェローに応募する方法の大きく2通りがあります.脳神経外科のレジデントは7年間で脳神経外科領域全般についての研修を行い,フェローは1〜2年かけて,subspecialityの研修を行いますが,重要なことは,レジデンシープログラムを修了すると米国の脳神経外科専門医の受験資格が得られるのに対して,フェローシップを修了しても受験資格は得られないということです.つまり,レジデントはプログラム修了後も米国で脳神経外科医として働くことが前提となっているため,ポジションの数が厳しく制限されており,競争率が高く,USMLEもかなりの高得点を取らなければなりませんが,フェローは研修後に帰国することが前提となっているため,レジデントほどハードルが高くありません.

 私がこの試験に挑戦しようと思ったのは,米国クリーブランドクリニックのてんかんセンターに研究フェローとして留学中のことでした.てんかんについて勉強するにつれて,てんかんの外科治療も一緒に研修できないかと模索したところ,実際に手術をする脳神経外科の臨床フェローとなるためには,ECFMG certificateの取得が必要でした.かくして,30代も半ばになってから,再び医師国家試験(それも外国の)にチャレンジすることになりました.

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欧文目次

お知らせ

「読者からの手紙」募集

略語および度量衡単位について

次号予告

編集後記 斉藤 延人
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 本号の扉では,大阪労災病院の山本和己先生が「働き方改革?」と題したエッセイを寄せられています.労災病院ですからその意識は高く,的確に問題点を指摘されています.山本先生のお言葉では,「安心安全な医療は日頃の医療従事者,特に医師の過重労働に支えられていた」とありますが,まさしくその通りで,これを急激に改革すると随所に大きなひずみが出ることは必至です.

 2017年から,「医師の働き方改革に関する検討会」が厚生労働省で行われていますが,まだ先行きは見えません.本誌が発刊となる年末頃が一つの目処となっていますので,何らかの方向性が示されているかもしれません.現時点でも,適切な労使協定の締結や出退勤時間の適切な管理は先行して求められていますが,研修医をはじめとする自己研鑽の時間の考え方や,大学の場合には裁量労働制の考え方も含め,医師の勤務時間の考え方について,この検討会における方針が定まるのを待っている状況です.この間にも個別案件で労働基準監督署からの是正勧告を受けた病院では,診療のあり方そのものの変更を余儀なくされている病院もあるようで,極端な例では,患者家族への説明を夜間や休日には不可としたり,不急の急患の受け入れを制限する方針を打ち立てたり,行き過ぎと思いますが手術も日勤帯と夜勤帯でメンバーを交代するというような話も聞こえてきています.確かにわれわれの労働のあり方そのものを見つめ直さなければいけないターニングポイントにいると思いますが,人件費増とも連動して診療アクティビティの低下を招くようになれば,医療提供体制の崩壊を招きかねません.

基本情報

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Neurological Surgery 脳神経外科
46巻12号 (2018年12月)
電子版ISSN:1882-1251 印刷版ISSN:0301-2603 医学書院

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