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1 オープンダイアローグと「ポリフォニー」
ポリフォニーと精神分析というテーマは,実質的には「オープンダイアローグと精神分析」について検討することを意味するだろう。しかし本稿では,技法間の比較というよりは,ポリフォニー概念を精神分析に活かしうるかというテーマに翻案して検討を試みたい。
まず「ポリフォニーとは何か」について検討しておく。
精神療法におけるポリフォニーという言葉は,「オープンダイアローグ」(以下,OD)の文脈で用いられることがほとんどである(Seikkula & Arnkil, 2014)。もっとも近年では,この言葉が「ケア」や「安心安全」と同様に一種のバズワードと化しており,OD以外の場面でも頻用される傾向がある。しかしその起源としては,ODの文脈におけるミハイル・バフチンの再発見があることは銘記しておきたい。
対話の過程で重要なのは,ハーモニーよりもポリフォニーであり,多様な思いの共存である。ここでポリフォニーとは「複数の異なった意見が共存している状態」の比喩である。
「正しい結論」を求める議論では,意見も「あれかこれか」を巡って戦わされる。しかし,「違い」の理解と共有を深める対話では,異なった意見が「あれもこれも」とお盆に載せられていく。異なった意見や価値観の共存する状態を,複数の旋律が平等に重ねられる音楽のスタイルになぞらえて,「ポリフォニー」と呼ぶ。これは対話の思想に大きく寄与したロシアの思想家,文芸批評家のミハイル・バフチンの言葉である。
バフチンは代表作『ドストエフスキーの詩学』(Bakhtin, 1984)で,ドストエフスキーの長編小説が他の小説とはまったく異なる特徴を持っていることを指摘した。バフチンによれば,ドストエフスキー以外のほとんどの小説においては,登場人物は作者の分身にすぎない。だから通常の小説には,自立した登場人物同士の「対話」が存在せず,すべて作家の独り言とみなされる。その意味でバフチンは,大作家トルストイの小説ですら「モノローグ小説」などと呼ぶ。
これに対してドストエフスキーの長編小説においては,登場人物も作者もそれぞれが自律した世界を持ち,溶け合うことのない対等の意識のもとで「対話」をしている。バフチンはそう考えて,ドストエフスキーを「ポリフォニー小説の創始者」と呼んだ。
ドストエフスキーの評価はバフチンの「主観」であり,定量的な指標があるわけではない。ただ,この解釈によってバフチンの批評家としての地位が確立されるとともに,「ポリフォニー」は現代に至るまでドストエフスキーの正当な評価として受容されている。
知られる通りODは,一対一ではなく,n対n,すなわち「治療チーム」対「患者チーム」という構成で対話がなされる。この場合,双方の意見にずれが生じたり,チーム内の意見が食い違ったりすることも珍しくない。しかしODでは,そのような場合でも,議論や説得はもちろん,意見のすり合わせや折衷といったことは一切なされない。アイディアを追加する場合は「お盆に載せる」と言う。「~ということを思ったので,お盆に載せておこうと思います」というように。対話の空間に大きなお盆が置かれていて,その上にさまざまなアイディアや意見が置かれた状態をイメージされたい。当然のことながら,そこには多くの余白(スペース)がある。この余白こそが重要で,余白においてクライアントは主体性を回復するとされている。

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