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はじめに
精神分析を発案する前のことだが,Freudがヒステリー研究の最後に書いている。
「繰り返し,患者らから次のような反論を聞かされる」「先生ご自身が,私の苦しみはおそらく私の境遇や運命と関連がある,とおっしゃっているのです。それについては,先生は何も変えることはできません。一体どうやって私を助けて下さるおつもりなのですか?」これに対して,私はこう答える―「確かに,あなたの苦しみを取り除くことに関しては,運命の方が私よりも容易くことを運ぶでしょう。それは疑いありません。しかし,あなたはヒステリーのせいで哀れな状態にありますが,それをありきたりの不幸にうまく変えられるなら多くのことが得られるのだと,あなたは確信するでしょう。そして,心の生活を回復させるならば,そのありきたりの不幸から,あなたはもっと上手に身を守れるようになるのです」と。(岩波書店『フロイト全集』の翻訳から,一部改変)。
このことは精神分析がはじまって以来,基本的に「分析」をすることで起きる変化を述べている。症状には,その人の不幸が累積してきた意味があり,その意味はその人のパーソナリティ,現在の生活や人生から簡単に切り離したりできない。そもそもその意義や意味をある程度分析して,最終的にその仕方ないことを含めて,症状とは別の生活を選ぶか,そうではなく,症状の疾病利得や防衛的な側面を持ち続けるか,は患者たちの「分析」に対する決意のようなものである。たいてい患者が症状を無意識に選ばざるを得ない,その意思決定には仕方がない(ありきたりの不幸)があるからである。精神分析は症状による痛みや苦痛を,ありきたりの不幸に変える作業である。だから最初から症状の消去だけを目指しているわけではない。

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