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1 はじめに
批評という言葉をあまり聞かなくなったように思う。今はそもそも本が売れないというので,批評がよく読まれるわけもないのだろう。あるいは,本の批評を読む代わりにネット上の「レビュー」を読むか,AIに要約させる時代である。しかし,ひと昔前まで確かに批評はもっと影響力をもっていたし,批評家とよばれる魅力的な人たちが多くいた。
私は実は医学生の頃に他大学の教授でもあった著名な文芸批評家のゼミに,聴講生として1年ほど参加させてもらったことがある。高校時代にほとんど読書をしなかった反動で,大学生になってさまざまな本を読むうちに,一時期,批評(本稿では以降,近代以降の文芸批評の意味で使う)を好んで読むようになった。フロイトや精神分析のことはこの頃に批評関係の読書を通して関心をもつようになった。精神科医になったあとは文芸批評とはすっかり縁遠くなったが,精神分析への関心は持続し,その後,分析家になった。そうした意味では,分析家としての私の原点には批評がある。
精神分析もまた厳しい時代状況の下にある。ネット上にあふれる情報のなかで人々は常に忙しく生き,何事にも長い時間をかけない時代に,週何回も分析家のところに通う精神分析がユーザーを増やすのは難しい。それに加えてインフレが国民の経済を圧迫しており,自費治療をベースとした精神分析臨床は分が悪すぎる。さらには,とても重大に思われることとして,生成AIが登場し,心の相談を人の代わりにAI(以降,ChatGPT等の対話型生成AIの意味で使う)にする人々が現れてきている。
批評と精神分析は,そもそも形式として似ている。それらは作品や患者があってのものであり,基本的にはそれらに「応答」することから成り立っており,単体で存在することはできない。それは確実に自分自身を使ってやるものだが,自分の要素が患者や作品を追い越してはならない。また,それは相手を導くものでもないし,評価するものでもない。いわば意味のある感想をいう。何か生産的なことになりそうな感想あるいは解釈をつくりあげる仕事であり,基本それ以外のことをしない。
AIはまさに現代に登場した新しい「応答」のサービスであり,本稿ではそのことに注目したい。批評と精神分析の「応答」を論じた上で,それをAIの「応答」と比較し,批評と精神分析の意義について新たな視点で考えてみたい。

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