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I ソーシャルジャスティスというテーマへの葛藤と決定まで
“Social justice”,社会正義は,私自身の理解では,社会において資源が公平・公正に分配されるよう目指すこと,あるいは社会のなかに存在する構造的な不公正に働きかけていくことであり,個人の価値観としての「正義」とは必ずしも同じではありません。そう定義上は理解しても,私には葛藤があります。
これまで社会のなかでは,正義という大義名分のもとで,さまざまな暴力や搾取が行われてきました。戦争も,はじまりには「正義」が掲げられます。私自身,自分では社会正義について考えているつもりでも,それはやはり数ある「正義」のひとつであり,いつか社会正義の名のもとで他人を傷つけてしまうのではないかと,不安に思っています。誰かの「正義」は,別の誰かにとっての「不正義」で,心理職が「正義」に関わったならば,その「正義」に沿わない状況にある人に寄り添うことができなくなる,そんな懸念も抱いています。
また,心理学における社会正義をめぐる議論では,学問に政治的な観点を持ち込むことになるという批判や,特定の立場をとることになり中立性が失われるのではないかという疑問も耳にします。心理職が自分の「正義」のためにクライエントを利用してしまうのではないかという懸念,そして社会運動に関わることや社会構造に目を向けすぎることで,一人ひとりの内的世界が軽視されるのではないかという懸念も呈されます。私のなかにも,漠然と,そうした不安はありました。
本特集について話し合いを重ねるなかで,担当編集者が,私自身の問題意識に対して「ソーシャルジャスティス」という言葉を投げかけてくださったとき,私には「荷が重い」と思いました。上述のような葛藤や不安はありましたが,他の書籍などでも社会正義や人権について取り組んできたため,自分自身の経験や知見の範囲で社会正義について語ることには挑戦できるかもしれないと思いました。しかし,本誌の特集で取り上げるということは,「臨床心理学」の「社会正義」について考えることを意味します。特集担当として,企画趣旨を書き構成を考えるだけの視野を持つことができるかは不安でした。
躊躇していることを自覚しながら臨んだ編集会議では,他の編集委員から,大切なテーマだというご意見も,心理職が社会正義に関わることの危うさを踏まえて慎重に取り扱うべきだというご意見もいただきました。ご指摘のなかには,個別のクライエントとの関係や心理支援への影響の危惧と同時に,心理職が社会運動や政治性とどのように関わるのかという,これまでの日本の臨床心理学の歴史的な経緯を踏まえた意見も含まれていました。
しかし同時に,慎重に取り扱うべきだという意見をいただいたからこそ,改めて,このテーマについて正面から取り組むことは大切だと考えるようになりました。

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