Japanese
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教室だより
山梨医科大学泌尿器科学教室
武井 孝
pp.76
発行日 1991年1月20日
Published Date 1991/1/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1413900246
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- Abstract 文献概要
山梨医科大学は,甲府市の南西に位置しており,中央自動車道下り線で甲府盆地に入り,甲府南インターを過ぎたあたりで,左側に見えてきます.本学は1980年に設立され,付属病院は1983年10月に開院しました.
泌尿器科学教室の歴史は,1982年に上野精教授が就任されて始まります.付属病院の開院時には,教授以下7人でスタートを切りました.当教室の発展は山梨の泌尿器科の発展に大きくかかわっており,最新の手術療法の導入もその一つです.1986年には,当大学の高安久雄学長(東大泌尿器科名誉教授)や,上野教授らが中心となって,山梨県に腎バンクを設立し,腎移植の体系も整備されてきました.大学病院の開院当初は,患者数も少なく比較的暇な状態の時期もありましたが,2〜3ヵ月もしないうちに患者数が増加し,その当時新人として入局した者や他の医局員は,当直以外でも病院で寝泊まりするような状態も生じるようになりました.また,上野教授は,当初より途中入局者はとらずに,初めから教室内で教育し,育てあげるという方針をとられたため,教室内のまとまりが良いという反面,山梨医大の最初の卒業生が出た1986年までは,少数の医局員で何とかしのいできたという状態でした.
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