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整形外科を育てた人達 第41回
Prof. Dr. Theodor Kölliker(1852-1937)
天児 民和
1
1九州大学
pp.1038-1041
発行日 1986年9月25日
Published Date 1986/9/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1408907480
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- 1ページ目 Look Inside
Leipzig大学の整形外科はProf. Franz Schedeが1929年に大学の教室として建設したが,街には古くから小児の身体的変形を矯正する医師はいた.Johann Christian Gottfried Joerg(1770-1856)はその一人である.元来産科医であったが,生れて来る子供の四肢や脊柱に変形を有するものがあるので,その矯正を研究していたが充分な治療はできない時代であった.又,Georg Friedrich Louis Stromeyer(1804-1876)が皮下切腱術で内反足の治療を開始し,その成果を「Beitraege zur Operative Orthopaedie」の著書で発表したのは1838年であるが,Joergは1806年に「Über Klumpfüsse」と題した著書を出版している.勿論手術はできないので徒手矯正のみであった.又,Joergは大学とは全く関係がなかったらしいが,77歳で1856年に死亡した.

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