Japanese
English
臨床経験
腰痛疾患におけるコンレイ・ペリドログラフィー
吉田 徹
1
,
加藤 晋
1
,
杉浦 皓
2
Tohru YOSHIDA
1
1刈谷豊田病院整形外科
2名古屋大学医学部整形外科
pp.235-245
発行日 1970年3月25日
Published Date 1970/3/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1408904380
- 有料閲覧
PPV購入案内
1,320円 (1,200円+税10%) こちらは、235ページから245ページの文献です。
PPV(ペイ・パー・ビュー)とは、論文(記事)単位で購入・閲覧ができるサービスです。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
はじめに
Peridurography(硬膜外造影法)は1921年Sicard et Forestier1)によりはじめて報告された.彼らはLipiodol 2mlを仙骨裂孔より硬膜外腔に注入し,この部の腫瘍や圧迫性骨炎等の部位を決定するのに興味をもつたと述べている.なお,これは有名なことであるが,彼らは翌1922年にはじめてLipiodolによるmyelographyを施行している.その後脊髄外科の隆盛にもかかわらず,この絢爛たるLipiodol-myelographyのかげにかくれて,peridurographyについての文献は散見するにとどまる.本邦においては1932年に東2)が第7回日本整形外科学会宿題報告「ミエログラフィーと脊髄外科」のなかで,Lipiodolによる硬膜外造影法に触れ,ついで前田・岩原3)もThorotrastによる硬膜外ミエログラフィーについて述べ,脊髄硬膜外腔造影法なる名称を提唱した.1941年Sanford & Doub4)は空気を硬膜外腔に注入したが,優秀なレ線像が得られなく,判読が困難で注目されなかつた.

Copyright © 1970, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.

