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オスラー博士の生涯・3
バリーの寮制学校からウエストンへ—1864-1867
日野原 重明
1
1聖路加国際病院内科
pp.2208-2211
発行日 1972年11月10日
Published Date 1972/11/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402204509
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19世紀から20世紀にかけての基礎医学と臨床医学の橋渡し,診断学への寄与,医学生のBedsideteachingや病棟レジデント制の発足などの多彩な教育活動,CecilやHarrisonの内科書の出る前に世界の医学生,臨床医に広く愛読された1892年初版の「Oslerの内科書」の執筆,予防医学への貢献等,数えきれぬ功績を近代医学史の中にのこした内科医,みずからgoodphysicianであり,good teacherであることを誇りとし,それを希って生きたウィリアム・オスラー(1849-1919)が,少年時代や大学予科時代に,カナダの田舎でどんな生き方をしたか.オスラーは,英国からカナダへ年若く出かけて開拓地の宣教を行なった牧師の9人の子供の第7子である.

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