Japanese
English
紹介
世界保健の大憲章(A Magna Carta for World Health)
pp.308-309
発行日 1947年1月25日
Published Date 1947/1/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401200098
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- Abstract 文献概要
1946年6月19日New York市に於てThomas parran博士司會の許に開始せられた國際保健會議は7月22日その會議を終了した。
本會議は3月18日より4月5日に亙る間,巴里に會合した準備委員會の報告に基いて行はれたのである。本會議は未曾有の成果を收めParran氏も言ふた如く眞に世界保健の大憲章とも稱すべき新なる世界保健組織の憲法を作つたのである。本會議には國際連合以外の中立國家代表も傍聴者として参加したのみならす,ソ連代表も積極的に参加した最初の會合であつた。實に國際連合51ケ國其の他13ケ國代表がNew York に會合した。本保健會議議決の最後の條項に世界保健組織設立承認に關する事項と,次期會議開催までの期間の仕事に任する18委員よりなる中間委員會のことを規定してゐる。次期會議に於て本組織の位置と倭員長とが決定されることになつてゐる。斯くして世界保健組織が生れ出でたのである。既に61ケ國の代表が署名會員となつた。その他の國,例へば獨逸,日本,スペインの如きも會議の贊成を經た上會員となり得ることになつてゐる。
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