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Ⅰ はじめに
ある晴れた昼下がり。こぢんまりとした面接室で,母親の隣に少年が居心地悪そうに座っている。母親からの期待の眼差しを感じて,なんだかこちらも居心地が悪い。母親の視線をさりげなくかわして,少年に尋ねる。〈好きなことは何ですか?〉「ない」〈ゲームとかはしない?〉「……少し」〈ふーん,何のゲームだろ〉「マインクラフト」注)〈ほぉほぉ,クリエイティブ?〉「(フッと笑って)サバイバルだよ」〈やるね。アプデ(アップデートの意)来たらしいね〉「新しい素材,もう手に入れたよ」〈マジか。ますますやるね〉「(まんざらでもない顔で)簡単だよ」。母親の表情は怖くて見れないが,少年とは心の中で握手ができた気がした。
ゲーム(Game)とは,直訳すると「勝負,試合,遊び」という意味であり,ルールのある活動において競い合うことを意味する。しかし現代において『ゲーム』といえば,かつてテレビゲームとかビデオゲームとか言われたデジタル機器を介した遊びのツールを意味することだろう。これらのゲームは競い合うことよりも“繋がり”を持てる点が最大のウリであるように思う。オンライン上で世界中のプレイヤーと繋がって遊んだり,放課後に学校の友達と繋がって親睦を深めたりする。あるいはゲームの話を通して新しい仲間と繋がるといったこともある。先の会話はゲームの話題を通して,大人と子どもが繋がりを持とうとしている場面である。ゲームの話がなければ「ない」「普通」「わからない」の一言で,繋がる隙もなかったかもしれない。
ICT技術の発展に伴って,ゲームは人と人を“繋ぐ”力をより強めている。それゆえに,ゲームやオンライン上の繋がりに傾倒し,リアルでの繋がりが薄れるとバランスが崩れ問題が生じる。ゲーム行動症がWHOの国際的な診断基準ICD-11に加えられたのは2022年のことだが,ゲームへの依存がひときわ問題になったのは,新型コロナウィルスの世界的パンデミックの最中であった。ソーシャルディスタンスの掛け声の元に,薄まった繋がりを補う形でゲームにのめり込み,依存してしまったというストーリーは安易な結びつけだろうか。いずれにしてもゲームの世界は子どもたちにとって(もちろん大人にとっても)大変魅力的で,居心地の良いもののようである。一方で,ひとたびコントロール不全が生じ始めると,社会生活に与える影響は計り知れない。コロナの影響から脱しつつある現在でもなお,本人のみならず多くの家族や関係者が悩み苦しんでいる。本稿では,児童思春期病棟を持つ精神科病院で行われている治療を基に,ゲーム行動症の予防や治療法に対してのアイディアを紹介したい。

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