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はじめに
妊娠と出産と子育ては,当人も家族にもとても幸せなことである。医療技術の飛躍的な発展により,妊娠と出産はかつてに比べて安全なお祝い事になった。妊娠してから無事に出産するまでの安全性は,受精卵の着床から始まる妊娠の中断を意味する流産が一つの指標になる。本人が気付かなかったり,11週までの自然流産に届出義務がなかったりするため,実数は不透明だが,世界的レビューにおいて全妊娠の15%程度とされている(Quenby et al, 2021)。流産と同等ではないものの,その安全性を1歳未満の乳児死亡率に置き換えるならば,2022年の日本の乳児死亡率は0.08%で,戦後の約40分の1になっており,安全な妊娠と出産ができるようになった(厚生労働省人口動態調査[総務省統計局,2024])。一方で,出生数はピークの1973年の209万人から右肩下がりに減少し,2024年は68.5万人とピーク時の3分の1以下になった。つまり,安全が当然で,機会も少ない妊娠・出産にかかるプレッシャーは,身体的,精神的に大きくなっている。こうした状況のせいか,基礎疾患のある妊産婦が多くなり,その中で精神疾患を抱える妊産婦は,代表的な26の母体基礎疾患の中で子宮筋腫と甲状腺に続き3番目に多く,その頻度は3.9%と比較的高い(日本産婦人科学会周産期委員会[板倉・他,2024])。以前と比べ,精神科の日常臨床の中でも妊娠する精神疾患患者と多く出会うようになった実感がある。精神疾患を抱えながら経験する妊娠と出産では,精神科医は精神疾患患者と家族の不安を軽減させ,精神症状を安定させながら,産科を初めとする周産期の支援者と協働する必要がある。本稿では,精神疾患と妊娠について,精神疾患を持つ妊産婦をサポートする精神科医がこの領域の心理臨床家に知っていてもらいたいことについて概説する。

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