- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
近年では,育児に参加する男性を「イクメン」と呼び,厚生労働省(2025)では,男性の育児参加によって,1.家庭が安定する,2.仕事に好影響,3.ママが輝くの3点をメリットとしてとりあげているが,男性の育児休暇取得率はわずか2.03%であり,年々上昇しているとはいえ,まだまだ少ない。さらに,厚生労働省が公表した「2023年の動態人口統計の概数」での「合計特殊出生率」は1.20と,統計開始の1947年以降では最も低く,前年からも0.06ポイント低下し少子化が進んでいる。そして日本の平均初産年齢は2023年では31.0歳となり,第1子を出産した女性約33万8,900人のうち25~34歳の人が全体の約67%と過半数を占め,不妊治療などの高度生殖医療の進展によって,妊娠・出産の高齢化を含め,妊娠・出産の可能性は広がっているともいえるだろう。
その一方で,現代社会で子どもを産み育てることにさまざまな要因で不安を感じている人は少なくない。特に妊娠・出産のプロセスでは,無事に出産に至るまでが奇跡である。母体や子どもの病気,ライフイベントやライフステージに伴うさまざまな体験が重なり,母親のみならずその家族の心身に大きな影響を与えることがあるだろう。吉田(2024)は,妊娠と出産のさまざまな心理的問題や精神障害の実態とその援助について,事例をとりあげ,母親になる女性の精神的な問題や障害および母子相互作用は,その後の家族の精神保健にとって大きな影響を与えることを論じている。
ところで,心理療法のプロセスにおいても,クライエント自身,その配偶者,きょうだいの妊娠・出産を経験することは少なくない。妊娠・出産のイベントに伴い,クライエントの無意識裡に抑圧されていたトラウマやそれにまつわる情緒が賦活され,中核的葛藤が顕わになることがある。それはこころの平衡を崩す危機状況ではあるが,その危機を乗り越えることによって治療が進展することがありうる。
本稿では,個人情報を保護するために本質を逸しない程度に加工したビネットをとりあげ,妊娠・出産は母親のみならず家族の心と家族力動にどのような影響を与えるのかについて考えてみたい。

Copyright© 2025 Kongo Shuppan All rights reserved.