特集 先生は大変だ―「先生たち」のメンタルヘルスを通して見えるもの
父親崩壊以後,先生たちの行方
妙木 浩之
1
1東京国際大学人間社会学部
pp.852-853
発行日 2024年12月5日
Published Date 2024/12/5
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Ⅰ プラザ合意以後の,日本社会
高度経済成長期にマイホームの家庭が維持できたのは,経済的な余裕があったからだし,それはその後の家庭と,日本人の精神病理を左右してきた。それを描いたのが『父親崩壊』(妙木,1997)だった。ある意味で日本の男女関係を決めてきた構造だから,精神分析的にはエディプスという三角形の在り方を決めてきたとも言える。サラリーマン家庭の標準的なパターンが,父親が主たる稼ぎ手で,母親が家にいるという,マイホームモデルを維持してきたからである。経済全体でも,税制が象徴的だが,配偶者控除という形式を維持し,男女の雇用形態の多くを決めてきたのだと思う。そしてそれは戦後の再生産,生殖の形も決めてきたのである。
『父親崩壊』(妙木,1997)のなかで私は,父親の権威のようなものがないのは,この国が母性社会だからではなく,多分に文脈的,歴史的なものであると述べた。日本の厳父のモデルというのは,明治期に即席の近代化のために武家モデルを模して作られたが,昭和期に入ると基盤を失ってしまった。私が「父親崩壊期」と呼んだ,その時期に育ったのは,厳父モデルをみてきた世代だったが,残念ながら彼らの背景にあった社会経済状況はそうしたモデルを信じさせてくれるような安定したものではなかった。そして戦時中に出来上がった半軍事的な体制は,戦後も基本的には継続されたのである。だから日本は経済戦争には非常に強かった。エコノミック・ソルジャーというわけだ。
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