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I はじめに―自閉スペクトラムの資質によって支えられているもの
身近な医療の分野においては,自閉スペクトラムの人たちが少なくない。コミュニケーションはあまり得意ではないが腕のいい臨床医や,社会常識にはやや欠けるが独創性のある研究者をはじめ,こだわりを活かして生きている人たちがいる。もちろんその人たちだけでは医療や研究は成り立たたないし,組織にもしっくりとは馴染んでいないかもしれない。だが,その人たちが医療や研究の一翼を支えているのは確かである。社会性やコミュニケーションの能力は大切なものだが,それだけでは社会は成り立たない。
私たちの社会の骨格は,自閉スペクトラムの人たちによって支えられているのではないか,と思うときがある。Uta Frith(フリス,1996)は,「多くのアスペルガーの人は法律侵犯どころか,正しい行為をなすことに極度の関心をもっていることを述べておかねばなりません」と言い,「法の見張り人」と記した。確かに,彼らの法や規律に対する態度をみていると,彼らは社会の大きな規範を維持する役割を果たしているのではないかと思えてくる。正義や人権や平等などを支える司法や,時代を切り開く科学研究などは,こだわりや論理的思考,細部への注目などの,自閉スペクトラムの資質が基盤になければ,なかなか達成されにくい。臨機応変や妥協や折衷などは,集団のなかで生きるためには大切なものであるが,法の枠組みを支えたり,独創性のある研究を突き進めたりしていくには,自閉スペクトラムの資質,こだわりが重要となるように感じている。
司法や医学以外の領域,たとえば芸術や工芸などでも,社会の基盤を支える裏方仕事の領域においても,その資質は発揮されている。もちろん,筆者の経験をもとにした実感にすぎない。
自閉スペクトラムはこの社会のなかでは,少数派である。定型発達の人が多数派の社会のなかでは生きづらく,社会との不適合・不適応を起こしやすい。だが,どのような資質にもプラス・マイナスがあり,それぞれの資質に優劣はない,というのが筆者の出発点である。こだわりは,対人関係や日常生活の困難だけでなく,多様な精神症状に発展することもあるが,こだわりがその人の人生のなかでキラキラと輝いているのを見ると,感動することがしばしばある。そして,できるならば,こだわりが輝くように支援したい,と思う。
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