連載・水俣病問題
認定と補償の問題にかかわって ⑶
和田 勝
1
1国際医療福祉大学・順天堂大学客員教授
pp.22-25
発行日 2026年4月21日
Published Date 2026/4/21
DOI https://doi.org/10.57527/JUNPO2997006
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5.損害賠償 環境庁発足後の初代企画調整局長の船後正道さんは厳格で理知的な方であった。就任前は大蔵省主計局次長で、就任早々に社会的、政治的関心の高い懸案の水俣病の審査請求事案の採決が初仕事になった。千駄ヶ谷の木造の古い庁舎〈現在の国立能楽堂のある場所〉で私は連日呼出しを受けて夜遅くまで議論いただいた。船後局長も、県や熊本大学医学部が強く反発するだろうと早くから受け止めておいでのようであったが、救済法の立法の趣旨目的から県の原処分取り消しは避けられないと判断していただいた。

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