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はじめに
わが国の労働災害に対する補償制度の発祥は遠く明治6年の日本坑法,明治8年の官役人夫死傷手当規定にさかのぼり,以来表1のごとく幾多の変遷を経て給付内容が改善されてきた.昭和11年改正の工場法施行令別表の身体障害等級および障害扶助料は障害区分を第1級から第14級までの14段階に区分し,掲げた障害の種類も120に及び,当時としては画期的なものであった.そして現行の身体障害等級表もこの工場法を基礎にしてできたものである.
戦前の補償制度は労働者ならびにその家族を保護するための扶助制度であって,その思想は使用者の傭い入れた鉱夫や工員の困窮を救恤し,手当金を支給するという恩恵的なものであったが,戦後は労働基準法が制定されて,使用者には過失がなくとも,業務遂行中業務に基因して生じた負傷や疾病に対してはこれを補償する義務が生じ,労働者は当然の権利として補償をうけることができるようになった.昭和22年に制定された労災保険施行規則とその別表の障害等級表は施行後38年を経て,労働災害の補償行政に定着し,国家公務員,地方公務員災害補償法や自動車損害賠償保険法など他の補償制度にもそのまま用いられ,また民事裁判の損害賠償事件においても権威あるものとして判断の基準にされるなど,わが国の身体障害補償の解決に大きな役割を果している.現行の制度は昭和22年以来5回にわたり改正され,給付内容もILOの基準に達していることは高く評価されてよいと考える.
しかし近年の著しい医学医術の進歩,超重度障害者の増加,リハビリテーションの結果,重度身障者の社会復帰と生産活動への参加,車椅子や義肢,装具の発達,自家用車はじめ各種交通機関の発達,機械化により各種産業界の作業態様の変化,昔に比して激しい筋肉労働が少なくなり,それに代ってコンピューターなどの知識を要する作業が増えつつあることなど障害者をとりまく社会環境が変貌しつつあるので,補償行政も常に社会状勢の変化に即応したものとしてゆく必要があるのではなかろうか.
WHOでは障害をimpairment,disabilityとhandicapの3段階に区別しているが,わが国の労働基準法第77条には「障害補償は障害による労働能力のそう失に対する損失のてん補を目的とするものであり,精神的または身体的なき損状態であって,その存在が医学的にみとめられ労働能力のそう失を伴うものを補償の対象とする」と定められている.すなわち純医学的な観点からの生理的機能障害impairmentが補償の対象となっているのである.impairmentは当然の帰結として能力の低下disabilityをきたし,その結果社会的不利益handicapを生ずる.稼得能力の低下とは正に社会的不利益にほかならないと思われるが,社会的情勢の変遷にともなってhandicapも変化しつつあるのでimpairment,disability,handicapの3つを整合した観点にたって障害の見直しをしなければならない時期がきているのではなかろうか.著者は昭和30年以来中国労災病院に勤務し長年広島基準局の医員として補償上の認定業務に従事してきたので,身体障害等級のしくみについて説明しながら,実際認定業務に携わって感じている点を述べてみたい.
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