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ある患者が「片目の飛蚊症」を主訴に受診したとする。眼科医は問診,視力検査,細隙灯顕微鏡検査,散瞳して眼底検査といった一連の検査・診察を行い,診断を進めていく。すなわち「片目の飛蚊症」に対してほぼ定型化した手順を踏んで日常診療を行う。しかしながら問診の際に「突然生じた片眼性の強い飛蚊症」と「2~3年前から片目に1個黒い点が見えるときがある程度の飛蚊症」とでは同じ飛蚊症でもその注目度は異なってくる。すなわち前者では網膜裂孔など加療の必要性ある疾患が隠れている可能性が高いと予想される一方,後者では経過観察となる可能性が予想される。これは医療従事者側の経験値や学習により得られた情報に基づく。前者のプロセスをさらに分解してみる。眼科医は「問診で強い飛蚊症を訴えていた」という情報から「しっかり眼底を見る必要がある」という意識が生じ,「最周辺部に何かがある」ことを見出し「網膜裂孔だ」という一連の診断の流れになる。この流れを脳内ネットワークに乗せてみると,①重要な情報を記憶・保存し,②注意力を上昇させ,③20Dレンズと光源とを組み合わせた視覚誘導性の動作を行い,④眼底を観察,異常な形態を認め,⑤以前の記憶と照らし合わせて網膜裂孔と診断,という一連の手続きを,重要な情報を一時保存しながら対処している。この診察過程のなかには作業記憶,眼と手の協調運動,視覚的な知覚および認知という高次脳機能が用いられていることがわかる。本稿ではこのように普段我々が何気なく用いている高次脳機能の一端につき概説する。視覚情報処理システムの知見は主に霊長類を用いた電気生理実験によって得られてきた歴史がある。本稿で紹介する知見も,主に霊長類の研究から得られたものである。
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