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卒後9年目を迎えた頃,脊椎外科を担当していた私の外来に下肢不全麻痺が進行している腰椎分離すべり症の患者さんが紹介されてきた.いつものように術前検査,呼吸器内科と循環器内科へのコンサルトを経て,神経除圧固定術[後方椎体間固定(PLIF)+後側方固定(PLF)+脊椎インストゥルメンテーション(SI)]を予定した.腸骨の採骨部付近に淡く皮膚の発赤を認めたため皮膚科を紹介したところ,「紅皮症」という診断で「手術には何ら影響はない」との返事であった.手術前日に入院,足部や爪を含めた身体の清拭後に手術室に入室させた.術野をアルコールとポビドンヨードで消毒後にプラスチックドレープを貼り,予防的抗菌薬を投与しながら約3時間半の手術を終えた.当然,皮疹部を避けて切開し,出血量も最小限に留めた.ところが,術後4日目より発熱と炎症反応の上昇を認め,採骨部の発赤と滲出液が出現し,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出された.整形外科医となって初めて自身が直面する手術部位感染surgical site infention(以下SSI)であった.術前に十分説明しているとはいえ,術後に感染を起こしたという自責の念に苛まれる毎日を過ごし,昼夜を問わずその患者さんのことが頭から離れることはなかった.SSI関連の文献を読み漁り,局所所見や発熱状態,炎症反応の推移に一喜一憂する日々が続いた.幸いにも脊椎インストゥルメントに波及することなく,2回の病巣掻爬を経て発症から約1ヵ月半で鎮静化することができた.これを機に,当時まだ不確定要素が多かった院内の感染対策を,最新の知見と照らし合わせながら全面的に刷新した.
その頃,長崎大学整形外科では細菌バイオフィルムの研究が行われており,自分も術後感染予防・治療に貢献したいという気持ちで基礎研究に身を投じた.しかし,当初は学会でのインプラント関連SSIに対する関心はまだ高いとはいえず,演題数も少なく,小さな会場で発表することが多かった.そんな中,同じような理念で研究されていた金沢大学,佐賀大学,慶應義塾大学の先生方と切磋琢磨うちに,徐々に「無機抗菌材料」が注目されるようになった.残念ながら我々が推進した酸化チタンは実用化に至っていないが,ヨード担持チタンや銀含有ハイドロキシアパタイト(HA)コーティングなどは臨床応用可能な段階に発展しており,今後インプラント関連SSIの予防と治療に大きな効果が期待される.
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