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はじめに
看護職の倫理綱領の前文には,「人々は,人間としての尊厳を保持し,健康で幸福であることを願っている」1)と,人間の普遍的ニーズが言及されている.がん看護にたずさわる看護師は,がんという重い病をもつ対象のニーズに応えるために,日々臨床実践に専心している.つまり,がん患者が,人間としての尊厳を保持し,健康(身体的,精神的,社会的,スピリチュアルのすべてが満たされた,Well-beingの状態)を目指すケアにより,がん患者や家族の幸福に貢献することを使命としているといえるであろう.
がん患者の多くは,医師から診断や再発,転移を告げられると,死を意識し,身体的な苦痛のみならず,大きな不安や恐怖,絶望感に襲われる.そのようながん患者がつらさを乗り越えて,自律や尊厳を取り戻し,希望を見出す取り組みとして,アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:ACP)は,重要な看護実践である.
ACPは,「意思決定能力のある個人が,自分の価値観を明らかにし,重い病をもつことの意味や将来について考え,今後の治療・ケアの目標や希望を明確にして,家族や医療・ケアチームと事前に話し合い,その内容が記録に残されること」と定義される2).医療者が患者のACPを支援することにより,患者・家族の抑うつや不安が軽減し,提供される緩和ケアの質が高まって,Well-beingが促進されることが国内外で報告されている3).
しかしながら,日本人の多くは,人生の最終段階(end of life:EOL)に望む医療・ケアを話し合うきっかけがないか,あったとしても,深刻な話し合いを避ける傾向にある4).その上,医療者もACPを十分に支援できていないため,患者とその家族は,医療者とACPについて話し合う機会を得ないまま,EOLにいたることが多い5).これが,EOLにおける患者の意向に背く経管栄養や,侵襲性の高い医療などにつながり,患者や家族の苦悩のみならず,医療者の倫理的ジレンマを深刻化させている.昨今のコロナ禍における入院加療で,家族とのコミュニケーションが阻害される状況は,この事態をより悪化させているだろう.そこで本稿では,ACPの実践にまつわる倫理的課題を概括し,それらの解決策を考えたい.
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