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積極的接種勧奨の差し控えと再開
2022年4月,8年10 ヵ月にわたって差し控えられていた子宮頸がんを予防するヒトパピローマウイルス(human papillomavirus:HPV)ワクチンの積極的勧奨が再開し,接種の機会を逃した人たちへのキャッチアップ接種が始まった.子宮頸がんは,性行為を通じたHPV 感染によって生じるがんである.史上初にして唯一のがん予防ワクチンであるHPVワクチンが2006年に市場に出てから今年で17年.HPVワクチンが高いがん予防効果と安全性をもつことについては,世界中の大規模コホート研究でくり返し確認されている.同ワクチンは世界140 ヵ国で承認,110 ヵ国以上で定期接種となっている. 日本でHPVワクチンの積極的勧奨が差し控えられていたことの背景には,新型コロナウイルスのパンデミック以降,改めてクローズアップされることになったワクチン忌避(vaccine hesitancy)の問題がある.ワクチン忌避とは,安全で効果の高いワクチンが接種可能な状態にあるのにもかかわらず,接種を拒否したり差し控えたりすることである. HPVワクチンは2013年4月,小学校6年から高校1年の女子を対象として定期接種となった.ところが,接種後にワクチンの副反応であるとしてけいれんや慢性疼痛を訴える人たちが相次いでいることを受けた日本政府は,同年6月,このワクチンを定期接種に定めたまま積極的接種勧奨だけを一時的に停止することを決定した.積極的接種勧奨とは,定期接種の対象者に送付される接種の通知のことである.つまり,この9年近くもの間,HPVワクチンは日本における定期接種であり,対象者は無料で接種できたにもかかわらず,接種の通知がこないという異例の状態が続いていた. 厚生労働省の副反応検討部会は当初から,副反応だといわれる症状はHPVワクチンの導入前から思春期に,とくに女子に珍しくない機能性身体症状,古くは身体表現性障害と呼ばれた症状であり,ワクチン薬剤との因果関係は認められないとの評価を出していた. しかし,ワクチンの被害者だという女性の親たちは,「ワクチンに未来を奪われた」と涙ながらに訴え,けいれんした,あるいは車いすに乗ったわが子の映像を,インターネットを通じ拡散した.その映像はあまりにも痛ましく,衝撃的だった.テレビ番組もそれを積極的に取り上げるようになると「子宮頸がんワクチンは危ない」という誤情報は一気に日本中に広がった. ワクチンに反対する市民の声を恐れた国は,「一時的」とされた勧奨停止を継続.自治体の補助制度によって定期導入前から軒並み80%はあったHPVワクチンの定期接種率は1%以下に落ちた.2017年には,HPVワクチンによるものだという被害への損害賠償を求める,世界で初めてとなる国とワクチン製造企業を相手取った集団訴訟まで起きている.その間,日本は世界保健機関(World Health Organization:WHO)から「副反応検討部会は子宮頸がんワクチンと副反応の因果関係はないとの結論を出したにもかかわらず,国は接種を再開できないでいる.薄弱なエビデンスに基づく政治判断は安全で効果あるワクチンの接種を妨げ,真の被害をもたらす可能性がある」(2015年)などとして,計3回の警告を受けた. なお,HPVワクチンの積極的勧奨が差し控えられていた期間の詳しい状況については,拙著『10万個の子宮─あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか』1)を参照してほしい.
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