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Ⅰ.問題の提起
福沢諭吉はRightsを「権利」と訳し,これを「あたりまえのこと」「当然のこと」と意味付けた最初の人と言われる.彼は,欧米文明の核にあるものが「独立した個人」でありその基底には自由と平等の価値と,それを成立させる契約の概念の存在を看破し,これをモデルとして日本の独立と近代化の目標を定めた人である1).したがって,彼のいう「あたりまえのこと」「当然のこと」は,社会一般の常識や超越的な価値に照らして人間諸々の行為の「善い」「悪い」をいうのではなく国民のひとり一人が,任意に取捨選択できる社会的ルール(今日的にいえば法律で定めた一定の資格者が一定の利益を主張したり享受するための具体的力)が「あたりまえ」「当然のこと」として「在る」べきだと考え,これを「権利」と呼ぶことにしたのである.彼の思索のなかには,当時の家父長制が家族や女性及び老親扶養を保護し,支配する働きと同時に各個人の取捨選択を抑圧している歴史的現実を変えていくには,日本の文化的土壌に合った社会制度や法に変えていく必要性への深い認識があった1)といわれている.彼の著作には,夫と妻の関係,親と子の関係,女性の生き方に関するものが多いが,それは,これら思索の末に日本人固有の思想の核をなすものが「敬意」「敬愛」であると考えていたためだろうといわれている2).今日的にいえば「人権」といってもよいだろう.国際人権規約の前文は「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳でたとえようもなく尊いもの」と唱っているが,このような思想及び情念を「敬意」「敬愛」に表したのではあるまいか.
今日のヘルスケアにおける老年者への対応に関しても「敬意」「敬愛」の論議は多いが,これが「人権」Human Rightsに根ざす問題であることの指摘はあまり多くない.
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