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Ⅰ.はじめに
1960年代後半に,健康教育学に魅力を感じ,健康教育の理論と実践を学ぶ過程で,糖尿病をめぐる患者教育はやりがいのある領域だと考え,取り組む課題の1つに加えた.健康教育に魅力を感じた理由は,健康教育の基本的考え方にあった.それは,「人々が直面するまたは予測される健康問題を自ら解決するために,知識を獲得し,態度を形成し,行動を変容することを支援する」というものであった.この考え方は,学習者本人が主体者になっており,米国から導入されたものではあるが,この考えが浸透しなければ人々の健康の向上はないと思った.
しかし,わが国の当時の現状をみると,少数の健康教育を専門とする者が,その考え方の基本を研修会などで熱っぽく語ったとしても,公衆衛生の現場においてさえも学校で行われる授業のごとく,病気のことについて知らない者たちに知識を与えるという姿勢での知識教育が主流を占めていた.基本的考え方とは程遠かった.
1960年代の終わりごろ,人々が主体となる健康教育の実践を地域において実感したのは,人々による保健に関するコミュニティオーガニゼーションの活動であった.それも全国的に展開していたわけではなく,そうしたモデル的な活動が少数の地域で展開されたにすぎなかった.ただ,それらの地域に接すると,保健に対する価値観も高く,住民たちのパワーがこちらにも伝わってきたものである.
糖尿病においても,患者会活動が1960年ころより始まっているという情報を得たときは大変感激した.糖尿病が少しずつ増加していた時期でもあり,特に第一線で活躍している生産年齢の人々が健康診断などで発見され,日常生活のなかで糖尿病のケアをうまく受け入れていなかった.このような人々が自覚して患者主体の活動をしたとしたら,すばらしいと考えた.ただし,当時の患者会は医師主導の傾向が強く,患者によるセルフヘルプグループの雰囲気をもった組織はあったとしてもごく少数だったであろう.
しかしその後,糖尿病専門外来の状況を間近に体験するようになると,私自身にさまざまな迷いもあった.公衆衛生の領域での,主に疾病予防を中心とする第一次予防への取り組みと,医療機関で展開される疾病の悪化や合併症の予防を目的とする第三次予防への取り組みを同様に考えてよいかという疑問であった.
ただ2型糖尿病の自然史をみると,発見から合併症の発症まではかなりの年月があり,その間の患者の自己管理の中心は普通の生活を営みながらライフスタイルの調整を続けることである.それを考えると,特に合併症の予防期にある2型糖尿病の患者は,「直面するまたは予測される健康問題を自ら解決するために,糖尿病の知識,自己管理のための広い視野に立った生活技術の獲得,取り組むための積極的態度の形成,目標行動を実施する決意」が疾病予防と同じように,否それ以上に重要だと確信するようになった.
今回は,1986年以後,着実に評価されつつあるヘルスプロモーションの考え方,それは人々の主体性とそれを可能にする環境づくりを重視する考え方であるが,それに沿った糖尿病教育の取り組みを提言し,その有効性について今後システム化した取り組みの必要性をこの機会に訴えたいと考えたのである.
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