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はじめに:ヒューマノイドロボットを用いる意義について
本稿ではヒトのような筋骨格系を模擬できる最新鋭ヒューマノイドロボットを用いた姿勢調節の研究について紹介する.姿勢調節は二足立位や歩行を可能にすることで人間らしい日常生活を保証する重要な運動機能である.姿勢調節の計算論的研究はリハビリテーション(以下,リハ)医学を発展させる上で必要不可欠であるが,医学的・臨床学的研究に対して大きく遅れをとっている.姿勢調節を司る膨大な神経系の複雑さはいうまでもないが,様々な条件の下で患者や被験者の運動データを系統的に取得することの難しさが該当研究の発展を妨げている大きな要因の1つと考えられる.環境に対して実時間で姿勢を調整する機能を計算論的に調べるためには,様々な仮説を様々な環境下で,人体を用いずとも定量的かつ安全に評価できることが重要である.そこで,ヒトのような筋骨格系を全身で模擬できるヒューマノイドロボットを被験者と見立てて,人体の姿勢調節機序を制御理論的な観点から探求するアプローチが有効と考えられる.
一方,宇宙医学においても,可変重力や微小重力環境にさらされた感覚運動系の適応過程等について研究が進められてきたが,様々な仮説を検証するために可変重力をいかに地上で模擬するかという技術的課題がある(本誌掲載「先端シンポジウム」の他の記事を参照されたい).これまで様々な方法が考案されているが,力を正確に制御できるロボットを用いれば,異なる重力環境をロボット内部で仮想的に作り出すことができる.のみならず,ある特定の関節の稼動範囲やトルクが限定されている状況等,様々な拘束条件や負荷条件もプログラムさえすれば自在に模擬・再現することができる.
ところで,制御問題または計算論としての歩行や姿勢調節は,いずれも全身の筋肉に運動指令を適切に与えることで,結果的に体の空間的位置を望ましく制御する問題である.非常に多くの冗長関節を実時間で巧みに操りながら変化する環境と動的に物理的相互作用を行うという点に制御上の難しさがある.このような高度な運動タスクを達成するためには,下位レベルの局所的な感覚フィードバック制御だけでは不十分で,何らかの内部モデルとそれに基づいて予測を行う制御中枢が関与しなければならない,というのが神経科学者や生理学者の定説となっている1).だからといって,目標とするタスクから最適な運動指令を一括して学習することは極めて困難であるので,制御の構造に階層性を持たせ,各制御モジュールがそれぞれ中間の制御目標に沿って最適解を探索することで,最終的に全体の最適解を獲得する方法が工学的には妥当であると考えられ,計算論的神経科学においても有力な仮説となっている2).階層化することのもう1つのメリットは,タスクが変わるたびにそれらの解(経験)をうまく組み合わせることで,汎化性や適応性を持たせられる点であろう.
このような運動制御・運動学習の階層化においては,身体の持つ機能を神経系がうまく利用しているか否かが重要となる.そこで,筋骨格系を直接制御する末梢神経と中枢神経がそれぞれどのような役割を持ちながら多様な運動を学習し制御しているのか,実際にヒューマノイドロボットを動かしながら調べることで計算論的神経科学や神経生理学の発展に役立つ知見を得ることを試みている3,4).このようなアプローチが成功するためのボトルネックはハードウェアがどれだけヒトの身体を模擬できるかという点である.我々が開発したヒューマノイドロボット(図1)は,人間のような筋骨格系そのものを備えてはいないが,関節の局所的なフォースフィードバックによって,ヒトの筋骨格系と同等の機能を,脚部を含む全関節で再現できる世界で唯一の2足歩行型ヒューマノイドロボットである.
以下,川人らの一連の研究5)の流れを汲み,ヒトのような身体構造を強く意識して進めてきた姿勢と歩行に関する理論実践的研究について紹介する.具体的には,内部モデルに基づく全身姿勢制御について詳しく述べ,それを発展させた転倒回避制御やCentral Pattern Generator(CPG)に記憶された運動パターンを併用した2足歩行等の統合について簡単に述べる.
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