第44回 日本リハビリテーション医学会 学術集会/神戸 《基調講演》
心的外傷とこころのケア―阪神・淡路大震災後10年の発展
加藤 寛
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1兵庫県こころのケアセンター
pp.79-84
発行日 2008年2月18日
Published Date 2008/2/18
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心的外傷のもたらすもの
「トラウマ」「PTSD」そして「こころのケア」という言葉は,1995年の阪神・淡路大震災で一挙に社会に知られることになったが,われわれのまわりには自然災害以外にも沢山の衝撃的な出来事が溢れている.たとえば,JR福知山線脱線事故のような大規模交通災害,殺人や暴力犯罪,強姦・強制猥褻などの性犯罪,そして家庭という密室の中で繰り返し行われる配偶者からの暴力(ドメスティック・バイオレンス;DV)や児童虐待などが代表的なもので,それらは被害者に大きな心理的影響を残し,これを心的外傷(トラウマ)と呼ぶ.
トラウマのもたらす典型的な精神医学的病態が,PTSD(外傷後ストレス障害)であり,再体験,回避,過覚醒を三大症状とする.具体的には,出来事に関する記憶が何らかのきっかけで蘇る,悪夢を見る,出来事を想起させる刺激を避けるためのやむなき努力を続ける,怒りの感情をコントロールすることができないなどの問題が生じる.疫学研究の結果からPTSDは,自然災害なら被災者の1割程度に,暴力被害では2~3割の被害者に,そして強姦などの性被害では被害女性のおよそ半数がPTSDを発症するとされている1).この病態の本質は記憶の障害であり,長期記憶として蓄積された内容を自らの意思で検索し想起するという通常の記憶システムがダメージを受け,主体の制御を超えて記憶が突然に想起され,しかも強い恐怖感と不安感を伴って蘇るという状態が長期にわたって繰り返されることが,様々な問題を生み出すのである.
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