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私が勤務する介護老人保健施設の通所リハに,もう10年近く通ってくださるTさんは,頸髄損傷四肢不全麻痺を呈され自力での歩行は厳しい状況である。自宅では,自由にならない身体へのいらだちから妻にあたることもあると聞いていたが,施設ではにこやかに他の利用者様と将棋の腕を競い合ったり,カラオケを楽しんだりされていた。私にも,「治ったら俺の打ったうどんを食わせてやりたいなぁ」などと話され明るく過ごされていた。きっと,Tさんなりのさまざまな葛藤はあったのだろうが,麻痺の回復は厳しい。ここ数年,われわれリハスタッフは糖尿病も罹患されているTさんに全身調整・血糖値コントロールを目的とした内容のリハプログラムを行っていた。「漫然としたリハ」と言われれば,反論のしようがない。ただ,われわれは穏やかなTさんの日常を少しでも長く維持することが最善だと考えていた。何かができるようになるばかりがリハではない,と。しかし,われわれリハスタッフや周囲が最善と思っていることが,ご本人に満足できる支援ではないと思い知らされる。
Tさんは以前,キャスター付き歩行器を福祉用具レンタルされていたが,使用されずご家族が返却されていたことは知っていた。その後もTさんは施設では変わらず穏やかに過ごされていた。しかし,ある日から突然,Tさんの私への態度が激変した。私には思い当たることがなく戸惑った。将棋仲間のEさんが使っているようなピックアップ歩行器を借りたいとケアマネジャーに要望したが,「リハの許可がないからと無理」と言われていたことがしばらくしてわかった。実は,ご家族が承諾しなかったのだが,そう伝えてもTさんは納得しない。「リハの人=一番付き合いの長い私」とTさんはそう思い,私に腹を立てたのだ。
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