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今から十数年前,一般病院に就職し新人の理学療法士としてスタートをきったばかりの頃,主任の理学療法士の先生から初めてお叱りを受けたことは,リハビリテーション室に来室されていた患者さんの異変に気づかなかったことでした.その患者さんは,痰をからませて咳き込んでおられたのですが,自分が担当する患者さんのことで精いっぱいだった私は,すぐ後ろで苦しんでおられることに全く気づくことができませんでした.幸い,その患者さんに対しては,他の先輩理学療法士がすぐに排痰処置を行い事無きを得ましたが,理学療法士がそんなに鈍感であってはいけないと非常に厳しいお叱りを受けました.そのときふと頭の中をよぎったのが,私がまだ理学療法学科の学生だった頃,体調を崩して突然その場に座りこんでしまった仲間に,もう1人の仲間が「しんどかったのに,気づいてあげられなくてごめんね.」と本当に申し訳なさそうに謝っていた光景でした.その瞬間,自分には理学療法士としてというよりも人として当たり前の,他の人を気づかい察してあげようとする気持ちが全く欠けていたと,改めて思い知らされた気持ちになったことを今でも鮮明に覚えています.
理学療法士として14年目を迎えた今,患者さんの身体の変化には敏感に気づくようになりそれなりの対応もできるようになりましたが,患者さんご本人やその家族の方々が本当に思い悩んでいること,望んでいることにどれだけ自分は気づいているのだろうかと思います.身体の状態だけでなく,これまでの生活歴,在宅あるいは施設生活か,家族の有無,家族との関係など,患者さんを取り巻く状況は千差万別で,障害や痛みに対する感じ方やこれからの生活に対する気持ちも本当に様々です.また家族の思いや状況,それに伴う関わり方も,みなさんそれぞれ違うものを持っておられます.そういう中で,患者さんご本人やその家族の方々の本当の気持ちを汲み取ることは難しいことです.ただその気持ちに気づこうと努力すれば,自然とその人をよく見て気持ちを思いやりながら接することができるようになるのかなと思います.
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