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はじめに
脊髄損傷はその損傷部の髄節レベルにより多様な神経障害を呈する.そのうち膀胱へ発現する神経因性膀胱(神経因性下部尿路機能障害)は,排尿機能,蓄尿機能ともに障害を生じる.脊髄損傷発症後も尿道括約筋の機能は障害後早期に改善することが知られているが,膀胱の知覚神経,運動神経の障害は残存する.S2〜S4あるいはそれ以上のレベルの神経障害では尿意知覚,膀胱排尿筋運動などの麻痺により尿閉となるが,T12以上の神経障害では能動的な排尿ができないうえに知覚,運動の抑制が効かず反射性の尿失禁が多発し(痙性膀胱),膀胱収縮と外尿道括約筋弛緩の協調が失われ,やはり失禁や膀胱内圧の異常上昇を生じる.さらに,T6以上の神経障害では自律神経過緊張反射(以下,過反射)の誘発も問題となる.この過反射は膀胱拡張,直腸拡張,体表面への接触など,損傷髄節レベル以下へのさまざまな刺激で起こり,突発性の血圧上昇,迷走神経を介する徐脈,発汗,火照りなどが特徴的な症状で,脳出血や不整脈など重大な合併症をきたす可能性もあるため,できる限りの原因の除去と予防を図る必要がある.
脊髄損傷による神経因性膀胱患者には,まず排尿障害に対して間欠的自己導尿や経尿道的バルンカテーテル留置,経皮的膀胱瘻造設などの措置を要するが,その一方で高位レベルの損傷者では,多くの場合で失禁によるQOLの低下が問題となる.そして,この失禁の管理はしばしば困難で,複数の抗コリン薬やβ3受容体作動薬の併用を行っても失禁や過反射のコントロールが不良であったり,コントロールがついても口渇,便秘悪化,(抗コリン薬の長期使用においては)認知機能障害の可能性などが問題となったりする.内服薬の調整や留置カテーテルの工夫しかやれることがなかった時代を経て,2017年に仙骨神経刺激療法という選択肢が登場したが,特に完全損傷の脊髄損傷患者においては有効性や褥瘡,感染のリスクからも現実的な適応には困難があった.しかし,2019年12月に「既存治療に抵抗性もしくは忍容性不良の過活動膀胱・神経因性膀胱に対して」ボツリヌス毒素製剤の膀胱内注入療法(以下,ボツリヌス療法)が承認され,ブレイクスルーを起こそうとしている.本稿では,神経因性膀胱に対する新たな選択肢,ボツリヌス療法について,その内容・診療の実際・治療の意義などについて概説する.
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