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はじめに
漢方医学は,古代中国医学由来ではあるが,伝来してから1500年以上の歴史をもつ日本の伝統医学であり,日本で独自に蓄積された臨床経験を基に発展してきた.江戸時代中期に日本に入ってきた蘭方,すなわちオランダ医学と区別するため,漢方と命名された.漢方医学には,湯液(漢方薬を使った治療),鍼灸,そして推拿(マッサージ)が含まれる.
鍼灸に関しては,療養費の給付という形式で患者負担が軽減される場合もあるが,ほとんどの場合は自由診療で,病院とは別の施設である治療院等で施術が行われることが多い.そのため,医療従事者が鍼灸治療の効果や有害事象を知り,情報を聴取しやすい状況をつくることが大切である.鍼灸治療の疼痛改善効果は,その効果発現機序が一部解明されていることもあり,欧米では湯液治療よりも利用されている.また,Cochrane Libraryにも鍼灸治療の肯定的な結論が述べられている疾患や症状が掲載されている1).
このうち,漢方薬は昭和中期から保険医療に組み込まれ,医師が処方するという形態で治療に役立ってきた.このような形態は世界で日本のみであり,日本は伝統医学と現代医学を一元化した,伝統医療先進国といえる.現在の医療における漢方医学の特徴は,①医療用漢方製剤(エキス剤) 148種類,調剤用生薬 約200種が,医師の診察により,健康保険で薬剤投与を受けられること,②予防的に用いることができること,③西洋医学では対処できない症状(全身倦怠感,食欲不振等)に対する効果が高いこと,④年齢や環境(四季,気候,多忙等)等を考慮して有効な処方を決定できること,⑤病名ではなく,患者の病態や症状を漢方医学的に診断して処方決定すること,である.
漢方薬の効果機序に関しては研究も進んでいる.疼痛のみならず,嚥下機能の改善や呼吸機能の改善,高齢者のフレイルに対する補剤(人参養栄湯,十全大補湯等)の有効性等,他の治療では得られない効果も報告されている.
また,漢方医学は,生理学や薬理学,免疫学,そして民俗学や気象学等,広い知識や知見を包含しており,西洋医学的な視点とは異なっている.だからこそ,その考え方を学ぶことで患者さんの治療を思案工夫することができる.よく「病は気から」と言う.一般的には,「病気は,その人の心の持ち方次第で軽くもなるし,また重くもなること」(大辞林)という意味で使われている.病気の症状を「気のせい」と言われてしまい,つらい思いをした患者さんもいらっしゃるのではないだろうか.しかし,実はこの表現は,漢方医学的には正しいのである.患者さんの治療にかかわる際に,「気」という概念は役立つと思う.本稿では,そのような視点から,作業療法に役立つ漢方医学の考え方についてお話ししたい.
はじめに,筆者が漢方を学びはじめたきっかけとなった症例からお話しする.筆者は,小児外科医として働いていたころ,手術は完璧なのに,易怒性によるいきみで排便障害をきたした1歳児の症例を経験した.母親も夜泣きと排便障害で疲弊しており,今考えれば,術後の気の不足(気虚)と,うまく排便できないことによる怒り(気逆)による悪循環であったと考えられる.この患児に小建中湯と抑肝散を投与することによって良好な排便が可能となった(母親の疲労も改善した).
また,小児外科疾患で入院していた子どもたちは,病棟で追いかけっこをしたり,クリスマス会の練習をしたりして一見元気に見えても,病気のない子どもたちに比べると,元気がなかった.たとえば,学校行事が忙しくなると熱を出したり,睡眠の質が悪かったり,風邪を引きやすかったり,おなかを壊しやすい,食が細い等,退院してからも普通の子どもたちと比べて問題があることが多かった.そうした,はっきりと病気とは言えないまでも,どこか問題を抱えているような子どもたちにも,漢方医学は効果的であった.
このように,西洋医学的知識だけでは乗り越えられない多くの問題が漢方医学で解決できることを目の当たりにし,臨床の幅を広げるために漢方医学を勉強し,現在はこちらが専門になっている.
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