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はじめに
今日における国際的な薬物規制の取り組みは,第2次世界大戦後,国連主導で行われた条約に端を発している.まず1961年に,アヘンやモルヒネといったオピオイド類,コカイン,大麻を対象とした「麻薬に関する単一条約」が採択され,次いで1971年には,中枢神経興奮薬や鎮静催眠薬,幻覚薬に関する「向精神薬に関する条約」が,そして1988年には,「麻薬及び向精神薬の不正取引に関する国際連合条約」が採択された.いずれの条約にも180カ国以上が批准しており,わが国の薬物規制法もこれらの条約を根拠として制定されている.
しかし,麻薬に関する単一条約の公布から50年が経過した2011年,各国の元首相や学識経験者を中心に組織された薬物政策国際委員会は,最近50年間の法と刑罰による厳罰政策の効果に関する評価の結果,重大な結論が得られたと発表したのである.それは,厳罰政策が完全に失敗であるとして,各国に早急な薬物政策の見直しを勧奨するものであった1).同委員会によるレビューが明らかにしたのは,50年間,世界中で,規制されたはずの薬物の消費量や,薬物関連犯罪のために刑務所に収容される者の数は増大し続け,同様に,薬物使用者における新規HIV感染者や,薬物過量摂取による死亡者も年々増加の一途をたどっていること,そして,薬物使用者は「犯罪者」という烙印を押され,使用障害の治療や地域における保健福祉的支援から疎外されている,という現実であった.同時に,規制強化は,密売組織に巨利をもたらし,もはや国家権力によっても薬物のブラックマーケットを統制できない状況を生み出したことも指摘されていた.
このような状況の中で,厳罰政策に代わる政策・実践の理念として登場したのが,ハームリダクション(harm reduction:被害低減)である.本稿では,国際社会がハームリダクションを採用するに至った経緯,そしてハームリダクション政策の実践とその成果について概説したい.
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