ひとをおもう・第1回【新連載】
世界を想像する
齋藤 佑樹
1
1仙台青葉学院短期大学
pp.362
発行日 2018年4月15日
Published Date 2018/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.5001201254
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利用者全員の入浴が終わった15時.その日のおやつはコウゾウさんが配ってくれた抹茶ケーキと,ウメさんが注いでくれた麦茶でした.介護員さんは慣れた手つきで洗濯物をバスタオルにくるみ,連絡ノートと一緒にナイロンバッグにまとめ,帰りの準備をしています.5分程まえに所長が車の鍵を持って出ていったので,そろそろ送迎バスが施設の入り口に横付けされる時間です.通所リハの夕方はいつもバタバタと職員が動き回り忙しそうです.
いつも,誰よりも早く帰り支度をするセツさんの姿が見えませんでした.「もしかしてトイレで転倒しているのでは……」不安がよぎった私は,足早にトイレに向かいました.トイレの前までくると,洗面台で手を洗うセツさんの姿が見えました.ほっとした私が「セツさん,そろそろ帰る時間ですから一緒に戻りましょうか」と声をかけると,「すぐに行きますから先に戻ってください」と素っ気ない返事…….私は,便が手に付着する等,他人に知られたくないことが起きてしまったのではと思い,セツさんの自尊心を傷つけないよう,一度トイレから離れました.しかしさらに数分が経過してもセツさんが出てきません.気になった私はもう一度トイレに向かい,セツさんに話しかけました.「セツさん,おせっかいのようで恐縮ですが,もしかして何か困っているのではないですか? もしそうでしたら僕にこっそり教えてくれませんか? 力になれるかもしれません」,「……これが落ちないんです」セツさんはピンク色のマニキュアを何度も流水の下でこすっていました.
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