海外通信
ロツクフエラー研究所(New York)にて
真島 英信
1
1順天堂大学医学部生理学教室
pp.277-278
発行日 1957年10月15日
Published Date 1957/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.2425905970
- 有料閲覧
- 文献概要
お手紙によりますと化学会議には,筋Dr.MoralesやEngelhardtら有名人も多数参加するらしく,盛会が偲ばれます。Prof.H.H.Weberは現在,ニユーヨークに滞在中で,私も3回程彼の講演会に列席し,彼の考え方を聞く機会を得ました。小児マヒ研究会の方から招待されている由です。3回の講演のうち,1回は私のいるロツクフエラー研究所で開かれましたので,私共筋グループはWeber夫妻を囲んで昼食を共にしました。たまたま私は丁度Weber夫人の隣りに座りましたので,彼女から親しくドイツの戦後の状況を聞くことができました。Weber夫妻も御多分に洩れずKönigsbergで焼け出され,身一つで逃げた由です。小生にもその経験があるといいましたら喜んでいました?Weberも現在はMax Planck Instituteの主任として慌しく,研究も若い者に任せている様でした。Weberは丁度,俳優の薄田研二に似た堂々たる体格の人で,英語はあまりうまくなく,講演は私らに分り易くて助かりました。
Copyright © 1957, THE ICHIRO KANEHARA FOUNDATION. All rights reserved.