巻頭言
たつのおとしご
佐野 圭司
1
1東京大学,脳,神経外科
pp.53
発行日 1964年4月15日
Published Date 1964/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.2425902568
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今年は辰年である。例年十二支のその年に相当する動物の絵が年賀状や広告やショウウィンドウをにぎわすのが常である。たとえば昨年は卯年であつたのでウサギの愛くるしいすがたにどこへ行つてもぶつかつたものである。ところがタツ—竜のあのおそろしい容姿はどうみても近代人の感覚にはアピールしないとみえて,新聞の広告にも,テレビにも店頭のかざりにもタツならぬタツノオトシゴのひようきんな顔がおとし親の代役をつとめている昨今である。
そしてこの顔をみるといつもわたくしの頭の中には海馬,神話上の海馬,解剖学の海馬という一連の想念がうかんでくるのである。Hippocampusという名称はこの構造物を側脳室の下角に発見し,最初に記載したJulius Caesar Arantius(イタリア名Aranzio,1530-1589)によつてつくられたもので,かれの死の2年前の1587年に発行されたDe Humano Foetuのなかに見出されるのである。かれは──この構造物はHippocampusのすがたをおもいおこさせる。あるいはむしろ白いカイコ(bombycinus vermis)に似ているかもしれない──と記載している。実のところ,かれがHippocampusということばでタツノオトシゴを意味したのか神話の海馬を示しているのかはなはだ瞹昧なのであるが,神秘的な色彩をおびたこの名前のみがなんとなく後世にのこつてしまつたのである。
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