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Szent-Györgyi(セント=ジョルジュ)に始まる筋収縮に関わる研究は,1970年台の初頭まで生物学の華であったことは疑いをいれない。わが国でも,江橋節郎,殿村雄治,大沢文夫,丸山工作など諸先生の研究が綺羅星のように輝いていた。とりわけ,江橋先生のカルシウムによる筋収縮制御と,初めてのカルシウム結合タンパク質であるトロポニンの発見は,まちがいなく世界をリードしていた。しかし,この研究分野は,その先進性ゆえに,ステューデント・パワーの影響を受けたことも事実である。そのある意味での停滞を救った研究が1980年代の後半に2つあった。1つは,Harold Weintraubによる筋分化制御因子MyoDの発見である。当時の若手研究者は,こぞって彼の論文を読みふけったものである。この研究は,後年,山中伸弥博士によってiPS細胞研究として普遍化され,ノーベル賞に結びついた。もう1つが,Louis M. KunkelによるDuchenne型筋ジストロフィーの原因遺伝子の解明である。原因遺伝子産物であるジストロフィンの局在,ジストロフィンの形成する結合タンパク質複合体をめぐって,日本人研究者の大きな貢献があったことは,疑いをいれない。それらの研究は,ウイルスベクターや核酸医薬品の開発を促し,筋ジストロフィーの治療にも,幹細胞と筋再生など残されている問題も多いが,一応の到達点がみえつつある。それでは,今後の骨格筋の研究はどこへ向かうのであろうか。やはり,加齢に伴う筋萎縮およびそれに関連したサルコペニア・フレイルの解明と予防が中心になるのであろう。また,近年では,運動が認知機能に及ぼす影響が注目され,世界にも類をみない超高齢社会を迎えているわが国では,骨格筋の機能に再び注目が集まっている。しかし,この普遍的な問題に挑むには,もう一度筋研究の原点に立ち戻り,筋収縮,筋を構成している細胞の機能,筋萎縮研究の出発点となる筋疾患の病態,治療法の開発の現状を俯瞰する必要があるのではないか。
そこで,本特集では全体を4つの章に分け,わが国を代表する研究者に,骨格筋収縮,骨格筋を支える細胞,筋疾患の病態,新たな治療原理をめぐって,最新の知見を紹介していただくこととした。骨格筋の研究分野に今後参入される研究者の皆さんにも,研究を展開してゆくうえでの参考としていただくことができれば幸いである。
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