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神経変性疾患は認知症の原因として最も頻度の高いものであり,また,脊髄,小脳,大脳基底核の機能障害による運動障害の主要な原因ともなっている。したがって,認知症・神経変性疾患の克服は同一の戦略で行われるべきものであろう。これらの疾患は病理学的記載から100年以上の歴史を持つものもあるが,いまだに根本治療が確立していない。例えば,パーキンソン病はドパミン合剤など一定の効果を持つ対症療法薬が存在するが,病態進行を抑止する病態修飾薬(根本治療法)はいまだ存在しない。また,筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対して1990年代に細胞死を標的機序として,神経栄養因子によるヒト大規模臨床試験(PhaseⅢ)がわが国も含めて国際的に行われ,アルツハイマー病には2010年代からアミロイド凝集,あるいは産生を標的機序としてアミロイド抗体療法・γセクレターゼ阻害剤のヒト大規模臨床試験(PhaseⅢ)が行われたが,いずれも期待された効果が得られなかった。
これらの敗北過程で明らかになった問題点は“失敗から学ぶ”貴重な教訓であるが,一般の研究者には意外なほど認識されていない。例えば,アルツハイマー病,パーキンソン病,ポリグルタミン病などでは,凝集タンパク質毒性仮説から可溶性(凝集前)タンパク質毒性仮説へとパラダイムシフトが起こり,アルツハイマー病においても巨大な凝集体である老人斑のみが毒性を持つとする古典的アミロイド仮説から,タウオパチーの発見を契機にアミロイド→タウへの相互関係,近年の可溶性アミロイドによるシナプス障害など,幾度となく仮説の改訂が行われている。これらの経緯から,プレクリニカル期,更には脳内凝集体の存在しない超早期(Phase 0)の病態解明と治療介入の必要性が考え始められている。また,プリオノイド仮説,タンパク質毒性に加えて存在するRNA毒性,あるいは前頭側頭葉変性症(FTLD)における凝集に代わるlow complexityタンパク質(天然変性タンパク質)集合体など,新たな概念も提唱されている。認知症・神経変性疾患を克服するためには,これまでの歴史を正しく認識し,新たな知見を取り入れ,更に,最新技術(網羅的技術,数理科学など)を取り入れた革新的病態解析と,得られた分子標的に対する根本治療法の開発が必要である。
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