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小分子化合物を用いて細胞の機能を自在に操りたい。これは,ケミカルバイオロジーの究極のゴールの一つであろう。このような小分子化合物に基づいた細胞制御技術は,細胞内分子システムの仕組みを解明するための強力な研究ツールとなるばかりでなく,創薬や再生医療など,細胞・個体機能の治療を目指したメディカル分野への応用にも直結している。細胞を制御する化合物,すなわち生理活性化合物の探索・開発研究の歴史は長く,特定のタンパク質の機能を制御する化合物(リガンド)がこれまでに多数見いだされてきた。近年では,大規模な化合物ライブラリースクリーニングが世界中で行われており,タンパク質制御化合物のレパートリーは今後更に増えていくことは間違いない。しかし,ここで重要なことを指摘したい。従来の化合物開発では,タンパク質の“酵素活性”もしくは“他の分子との相互作用”を制御する化合物がその中心的対象となっている。また,そのほとんどは阻害剤である。言うまでもなく,“酵素活性”と“相互作用”というのはタンパク質の根幹となる機能であり,これらを制御する化合物の有用性について疑う余地はない。一方,タンパク質が本来働く場である細胞に目を向けると,ここではもう一つ考えなくてはならない重要な因子がある。それは“細胞内局在”である。細胞内でタンパク質はそれぞれが決められた場所やオルガネラ(細胞小器官)に局在している。また,シグナル伝達の過程では,非常に多くのタンパク質がその局在場所を変化させる。例えば,転写因子は核内で働き,核内に移行しなければ(たとえ活性のある状態でも)遺伝子発現は起こらない。ホスファチジルイノシトール-3-キナーゼ(phosphatidylinositol-3 kinase;PI3K)は,刺激依存的に細胞質から細胞膜インナーリーフレットへ移行し,そこで初めてホスファチジルイノシトール-3,4,5-三リン酸(phosphatidylinositol 3,4,5-trisphosphate;PIP3)を生成する。このほかにも,タンパク質のリン酸化,GTPaseの活性化,セカンドメッセンジャーの産生など,シグナル伝達の鍵となる様々な分子イベントがタンパク質の局在移行によって制御されている。したがって,小分子化合物を用いてタンパク質の細胞内局在を自在にコントロールする(局在場所を操る)ことができれば,従来の酵素活性や相互作用の制御化合物とは全く異なる原理に基づいた新しい細胞制御方法論・化合物体系を創出することができるであろう。特に,タンパク質の局在移行を引き起こす化合物は,生きた細胞内の情報伝達シグナルを細胞内の部位特異的に誘導・活性化する強力なケミカルバイオロジーツールや薬剤となるものと期待される。しかし,タンパク質に結合してその局在場所を変えることのできる化合物というのはこれまでその設計戦略自体がなく,化学,薬学,ケミカルバイオロジーの長年の未開拓領域であった。
筆者のグループ1)では,この未開拓領域に対する一つのアプローチとして,“小分子リガンドに細胞内局在化能を付与する”ということを検討している。最近になり,細胞内局在化能を持たせたリガンド(局在性リガンド)を用いることで,その結合タンパク質の局在移行を誘導し,様々なシグナル伝達経路を活性化できることを実証した。本稿では,筆者らが考案した局在性リガンドの基本戦略と応用例について概説し,“タンパク質の細胞内局在を操る化合物”の展望について述べる。
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