特集 分子進化学の現在
特集に寄せて
宮田 隆
1
Takashi Miyata
1
1京都大学大学院理学研究科生物物理学教室
pp.180-181
発行日 2004年6月15日
Published Date 2004/6/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.2425100689
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DNAの発見は生物の諸問題を分子レベルで理解しようとする研究を促し,ここ50年の間に分子何々学と銘打った研究分野が一斉に開花した。分子進化学もその一例で,生物進化を分子レベルで理解しようとして,1960年代のはじめに旗揚げした,まだ40年ほどの歴史しかない新しい研究分野である。分子進化学では,ゲノムには遺伝情報のみならず,過去に起きた生物の進化の情報も含まれているという認識を基礎にしている。
1960年代は分子進化学の創成期で,基本的に重要な発見が相次いだ時期である。1962年,ZuckerkandlとPaulingは,タンパク質進化の過程で,アミノ酸の置換が時間の経過とともに一定の割合で起こる,いわゆる「分子時計」を発見した。この発見はその後の分子進化学の発展に決定的な影響を与えた。1967年FitchとMargoliashは,チトクロームcをもとに生物が過去に辿った道筋を分子系統樹という形で再現することに成功した。同じ年,SarichとWilsonは分子系統樹を応用して,ヒトの起源と霊長類の進化の研究を行った。かれらは,ヒトとチンパンジーが枝分かれした時期を,それまでの2400万年前から一挙に500万年前までに縮めたことで大きな話題を呼んだ。こうした研究は,これまで主に過去に生きた生物の化石が主要な情報源であった系統学に大きな変革をもたらした。すなわち,現在生存している生物が持っている遺伝子やタンパク質から,容易に且つ客観的に系統樹が再現できるようになったのである。こうして,生化学的手法に基づく「分子系統学」という新しい分野が急速に開拓されていった。
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