特集1 「強制入院」の体験を語る
私は身体拘束を生き延びたのか?
匿名
pp.518-524
発行日 2021年11月15日
Published Date 2021/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1689200939
- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
重苦しい梅雨の真っただ中だった。私は精神科に強制入院(措置入院)となり、入院期間の3週間、目一杯、身体拘束を受けて過ごした。シャバに出てきた後、幾人かの友だちに笑いながら話した。「精神科で拘束受けたんだけど。ヤバかったぁ」。ヘラヘラするしかなかった。なぜなら、あの時の圧倒的な絶望感や怒りや悲しみや孤独は、こうしてあらゆるネガティブな単語を並べてみてももどかしくなるほど言葉にできないものであり、言葉にできないのだから人に伝えようなんて考えにも無理があるからだ。「拘束ってただ動けないだけでしょ、それくらい大丈夫でしょ」という感覚を持つ人がいかに多いかを、私は知っている。それはまず、入院期間中接する医療者の内に目の当たりにした。
言葉を尽くしても伝わらないことを知りながら、今こうしてキーボードを叩いているのは、正直に言えば復讐心、柔らかく言えば悔しさからである。私を拘束した人たちは、今日も患者たちを拘束しながら、退勤時間になれば職場を出て家に帰り、一家団欒を楽しむのかもしれない。彼ら彼女らにとって、私はごまんといる拘束すべき患者の1人に過ぎなかっただろう。しかし私はといえば、平板な言葉かもしれないが「人権を奪われた」としか言えない3週間のうちに、それによって自分の一部が死んでしまった人間として、今を生きている。拘束される前の自分には決して戻れない、何かが損なわれた状態で還ってきたことを、果たして「生き延びた」と簡単に言えるだろうか。
Copyright © 2021, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.