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連載にあたって
少し前のことである。筆者が設計をした熊本県の城山病院(民間精神科病院)の新病棟竣工後間もなく、病棟の師長さんに話しかけられた。
「20年も病棟に入院されていた患者さんが、新しい病棟に移ったら状態がよくなったんです。それから間もなく、その患者さんが“看護師さん、私うちに帰ってみるよ”って言ってくれたんです。それで退院なさったんですけど、それから帰ってこないところを見ると、いいみたいですよね。20年も病院におられた患者さんですよ。環境の力ってすごいですよねぇ」
それが本当に建築、空間の力によるものかは検証する術がない。たしかに環境が変わったことによって、何かが変わった。新品の環境のすがすがしさ、明るさが満ちた。匂いがなくなった。広さ、プライバシーが確保され、生活の領域が広がった。ナースステーションがオープンになって、いつでも看護師さんと気軽に会話できる環境が確保された。スタッフの動線距離が短くなって、ばたばた走り回らなくてもよくなった。だからスタッフに余裕ができて、明るくなった。優しくなった。格子がなくなり外がよく見えるようになった。それで外への興味がわいてきたのか? それとも、精神科病院では患者さんを地域に帰すことが重要課題となっていて、スタッフは懸命に努力してきた。その成果が現れてきたのか。たまたまそのタイミングが合っただけなのか……?
たぶんこれらの要素のすべてが、このエピソードの要因になっているのだろうと思う。新しい病棟を作るという事業は、多くのエネルギーを費やす必要があり、その分だけ関係者のテンションも上がり、引越しのときはスタッフも患者さんも希望に満ち溢れている。そういった部分を差し引いても、建築そのものが精神科医療に与える影響は少なくないと考えてよいと思う。むしろそれは、一般的にオーソライズされている。ただし、その因果関係や適正な空間計画については、いまだに明らかにされていない。
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